「週刊ポスト」第3号 2000.1.28
オウム新法のひとつ、団体規制法の観察処分の適用を目前にして、オウムの動きがあわただしい。
昨年12月29日に上祐史浩が出所して教団に復帰してから以後、幹部間の不協和音が高まっており、このまま分裂に至るのではないかという噂がしきりに取り沙汰されている。事の真偽はさておき、こうした憶測の流布は「オウムは弱体化しており、新法で規制する必要はない」という主張に力を与える結果となるだろう。
新法の観察処分が適用されるか否か、その決定を前にした今、最も重要なことは、この5年間、オウムが唱え続けてきた主張、すなわち「教団は危険なタントラ・ヴァジラヤーナの教義を封印しており、危険性はもはやまったくない」という主張が事実かどうか、改めて徹底的に見極めることである(タントラ・ヴァジラヤーナとは、グルに絶対的に帰依し、グルの命令であれば、殺人をも辞さないという教義)。
果たしてオウムは、彼らの主張通り、穏健な宗教団体に生まれ変わったのだろうか。
「オウムがタントラ・ヴァジラヤーナの教義を封印したというのは、真っ赤な嘘です」
そう証言するのは、元在家信者のA氏。95年の地下鉄サリン事件の後に入信し、最近になって脱会した独身男性である。
「彼らが教義を封印したと宣伝したのは、破防法の適用を逃れるためでした。しかし、実際には『封印』などしていなかったのです。
あの当時、各支部で定期的に開かれる通常の説法会では、マスコミや公安の目が光っているので、当たりさわりのない説法でお茶を濁していましたが、時々、特別説法会を開いたり、合宿セミナーを行って、そこでこっそりタントラ・ヴァジラヤーナの教義を説いていたんです」
A氏は、大久保にあった旧東京本部道場での特別説法会に数回出席し、97年夏に開催された富士宮の総本部でのセミナーにも参加したという。
「特別説法会やセミナーには、必ず長老部の正悟師が顔を出しました。正大師のアーチャリーが出席したこともあります。正悟師以上でないと、タントラ・ヴァジラヤーナの説法はできないからです。
私自身は、アーチャリーと、野田成人、杉浦実、村岡達子、石井紳一郎、二ノ宮耕一の6人の説法を聞いています。麻原への絶対的帰依を強調する点では、彼らは全員共通していますが、はっきり、『殺人も許される』と言い切ったのは、私が聞いた範囲では、野田と二ノ宮の2人でした。
野田の説法は、私は3回聞いています。彼は『グルを信じよ』という話のあと、『外から攻撃を受けた場合、グルから命じられたら、私はサリンを撒き返す』といいました。
もっとはっきり、殺人肯定の教義を唱えたのは、二ノ宮です。彼はこういいました。
『性欲まみれの人間は、心が汚れており、オーラが灰色にくすんでいるのが、私には見える。そんな人間が死ぬのは、当人のカルマだから仕方がない。そういう人間を”殺せ”と麻原尊師から命じられたら、私は殺すだろう』と。
セミナーでは、麻原自身による、殺人教義の説法のビデオを、大型スクリーンで、全国から集まってきた数百人の信者たちと一緒に見ました。すべて廃棄したといっていた、ヴァジラヤーナの教本も、一冊10万円で売っていたんですよ。教義の封印なんて、まったくの嘘です」
殺人教義はこの5年間、ずっと命脈を保ち続けていたのだ。それだけではない。洗脳のために向精神薬を用いる危険な修行も、継続して行わわれていたというのである。
「特別説法会やセミナーでは、1回20万円でイニシエーションが行なわれていました。私も1回だけ受けたことがあります。
灯りを消した部屋で蓮華座を組み、マントラなどのテープを聞かされるんですが、その前にサットパレモンというジュースを飲まされるんです。ところが、その中に薬が入っていて、ふわふわした変な気持ちになるんですよ。成分は何か、分かりません。
1時間くらいの瞑想のあと、指導者のサマナから、何を見たか、と尋ねられるんです。中には『光を見た』という人や、『尊師が現れた』という人、『ハルマゲドンが起きた後の光景が現れた』という人もいる。そうしたヴィジョンにサマナがいろいろと意味づけしていく。そうすると皆、ドラッグによる幻覚を、修行によって神秘体験をしたのだと思ってハマってしまうんです。
上祐の出所によって、教団に吸い寄せられる上祐ギャルの数は馬鹿にならない、とA氏はいう。
「筋金入りの上祐ギャルは都内だけで約100人、全国で数百人はいるでしょう。上祐が説法会を開けば、その程度は軽く集まると思います。
中には男性の上祐信者もいますよ。私が知っている30代半ばの男性信者は、『上祐さんの命令ならば、俺はどんなことでもやる』といいきっていました。上祐は、麻原ほどではないが、カリスマ性がやはりあるんだと思います。
実際、単なるミーハーな上祐ギャルだった女子高生が、イニシエーションを受けてから、バリバリのオウム信者になった例を知っています。
私の場合は、光などは見えませんでした。だからハマらずにすんだんです。たまたまだと思うんです。そうでなければ、自分もハマってしまったかもしれない……」
上祐は、最初はお得意のソフト路線でいく。そしてオウム真理教は変わった、もう怖くない、安全だとアピールするでしょう。でも、彼らが変わるなんてことはありえない。裏では信者に対して、相変わらず麻原への絶対的帰依を要求し、ヴァジラヤーナの教義を教え込むはずです」
マスコミの一部には、オウムの危険性をことさら低く見積もろうとする人々がいる。だがそうした根拠のない楽観は、事実誤認であるばかりか、生き残りをはかるオウムのイメージ戦略に利用される恐れがある。
個々の信者が、改心なり転向なりをとげることはあるだろう。しかし、教団としてのオウムが、麻原への帰依とヴァジラヤーナの教義を捨てることはありえない。そうなったらオウムはオウムでなくなってしまう。
「何があっても、オウムは絶対に変わらない」と、A氏は、ためらいなく断言する。
「新法が適用されても、名前を変えたり地下に潜るなどして、あらゆる手段で生き延びようとするでしょう。彼らは平気で嘘をつきますよ。説法会でも正悟師たちが、はっきりいってました。世間を欺いて、尊師を教祖ではなく開祖としたり、ヴァジラヤーナの教義を封印したことにしているのは、すべて真理の実現のための方便だって。真理のための嘘は許されると彼らは思っている。だから、平気でいくらでも嘘をつけるんです」
「麻原のクローン」たるオウム信徒たちは、一皮めくれば同質のメンタリティと思考回路を持っている。「嘘つき」なのは、上祐一人だけではないのだ。