「スコラ」 No.158 1988年11月10日 株式会社スコラ・講談社
辻々に、パンチパーマのいかつい男たちが立っている。片手に裸の札を握り、ナゴヤ球場のゲートへ向かう人びとに、声をかける。
「券余ってへんか、余っとったら買うでぇ」
お馴染みのダフ屋である。イベントや興行にはつきものの輩だが今日は稼ぎどきとみたか、たいそう数が多い。前日の10月6日、彦野の逆転3ランでヤクルトをくだし、マジックを1として迎えた今日の一戦、2位の広島はゲームがなく、中日が今日勝てば優勝が決まる。当然ながらキップはすでに完売である。商売のタネとなる余り券が手に入らず、ダフ屋のひとりがぼやく。
「9月の末あたりで、優勝決まると思っとったもんで、券を仕込んでないんだわ。もうとっくに売り切れだで、こうして余り券を買おうとしとるんだぎゃ、だーれも手放んていかんわ」
券をもっているダフ屋は逆にほくほく顔である。
「いつもなら2,800円の内野席が1万円、それが今日は3万円でも飛ぶように売れるで。笑いがとまらんわな」
西の空が、少しずつ茜色に色味を帯びはじめていた。今日は一日、曇天で、祭りの日にしてはいまひとつの日和ではあったが、露天のアセチレンランプとほどよく調和した赤味に、ようやく夜祭りの気配が醸しだされてきた。
「優勝は一日でものびてほしいね。俺も名古屋っ子だから、優勝は嬉しいけど、早く優勝してしまうと品物の売れ行きが落ちてしまうで」
ドラゴンズのキャラクター商品を売っている露天商のお兄さんが欲張ったことを言う。話をしているそばから一個300円の選手の名前入りバッジや、一本600円の風船バットが飛ぶように売れていく。
商売熱心なのは「プロ」だけではない。球場周辺の民家からも人が出てきて「にわかパーキング」のアルバイトに精を出す。名古屋人は車好きといわれるが、彼らがマイカーで乗りつけても、ナゴヤ球場にはほとんど駐車場が整備されていない。そこで近隣の民家が開いている土地を駐車場として提供するのである。
「ここらへんでは、みーんなやっとるで。昔っからだわ。車がいっぱいになるのは、ジャイアンツ戦だけだぎゃ。月に10回もあらへんわ。今年は、優勝しそうだいうて8月からお客さんが増えた。こら特別だわ。みんな星野監督のおかげだで」
70歳前後のおばあさんが、道行く車に手招きして「呼び込み」をしながら、きつい名古屋なまりで話す。
30歳前後の年増のOL風二人組が、あちらのダフ屋、こちらのダフ屋とひそひそ話しながら、うろうろと球場の前を歩きまわっているのが目についた。
「券が、ないんですか?」
僕が声をかけると、怪げんそうな顔をしてこちらを警戒する。
「あんたも、ダフ屋?」
いや、違います。
「弱っとんのよぉ。千円の外野席が一万円だっていうんだもの」
「もう帰ろ。高うてかなわんわ」
「そんなこといって、あんた、一生に一度のことよ。もう二度と見られんかもよ」
二人の間で押し問答が続く。どうやら、金はないことはないがそこまでの金額を出すべきか否か意見が一致しないらしい。
見わたすと、所在なげに道端でたたずんでいる人びとがいる。多くは手持ちの小遣いの足りなそうな少年たちだ。中学生なのか、高校生なのか、イガ栗頭が、いくつも途方にくれている。ダフ屋をあてにして来たらしいが、普段の相場の何倍もの値段に手を出せず、とぼしいサイフの中身を呪っている。
からみつく彼らのうらめしげな視線をかわして、内野のゲートをくぐった。シートはバックネット裏の最上段である。ここはかなり高い。見下ろすと、グラウンド全体を俯瞰するような構図となる。視線をバックスクリーンへと転じると、そのすぐ裏手を、新幹線が東から西へ通り過ぎていく。
このバックネット裏のシートを選んだのには理由があった。券を手に入れるために骨を折ってくれた名古屋の友人が、こう言っていたからである。
「本当の通の中日ファン、名古屋人らしい名古屋人は、バックネット裏の上段に座るんだて。あそこは、一人とか二人くらいで見に来とる人が多いんだわ。ボソボソっと横の人と会話して、また試合をじーっとみとる。外野の応援団の連中のようににぎやかじゃないけれど、味がある」
彼の言葉通り、ハッピに帽子、メガホンといういでたちは、ほとんどいない。一人か、あるいはごく少数で見に来ている人々ばかりのようだ。中高年のファンの姿が目立つ。対照的なのはライトスタンドである。ハッピ姿の若い中日ファンですでにすしづめで、試合開始30分前だというのに、ラッパを吹き鳴らし、のぼりや旗をふり回している。それに比べ、こちらはまだ六部の入り。客席が隙間だらけで、風がひゅうひゅうと肌寒い。
名古屋入りして以来、肩すかしをくわされたような物足りなさを少なからず感じ続けていたのは、昭和60年のシーズンに阪神が優勝した時のイメージが、頭のどこかにあったのかもしれない。
3年前のあの優勝は、阪神ファンだけにとどまらず、大阪という街全体に熱狂をもたらした。この中日の優勝も同様に、ドラゴンズファンのみならず名古屋という街全体に熱狂をもたらすだろうと。
ところが、実際の名古屋の街の表情には、祭りのための華やいだ装いが見られないのである。街角もすべても「祝・優勝」という文字がない。看板も、のぼりも、たれ幕も、ポスターもない。
日本中を覆い尽くしている「諸般の事情」による「自粛」の連鎖のためである。
「優勝セールは一切やりません。イベントの類はすべて中止、立て看板もすべて取り外しました。諸般の事情による『自粛』です」
名鉄百貨店の広報は語る。名鉄は中日優勝の気配が濃厚となった8月末に、160万円かけて縦15メートル、横13.5メートルの巨大な立て看板を作り別館の外壁に掲げた。中国風の竜が宙を舞い「さあ優勝だ! 中日ドラゴンズ」というコピーが添えられていたが、9月の下旬に撤去された。同時に店内のポップなども大幅に片づけられた。
名古屋市内には、大きなデパートが4店あるが、すべて横ならびの対応をしている。
と三越の広報は説明する。
市内の四大百貨店の「自粛」申し合わせは、他の業者にも大きな影響を与えたようだ。スーパーや一般商店も即座に右へならえ、で9月の中旬までは街のそこかしこに見受けられた立て看板、のぼりポスターなどがあっという間に一掃されたという。
「何だか、街から灯が消えたみたいに淋しくなりましたわ」
と、地元のタクシー運転手もぼやく。
優勝セールスの取りやめの影響は、ムード的なものばかりではない。地元の東海銀行が9月6日に発表した資産によれば、中日優勝にともなう経済波及効果は、241億円と見積もられていた。このうち球場入場料や関連商品の売り上げなど、ドラゴンズ優勝による直接的な経済効果の合計が約62億円。そのうちデパートの優勝セールの占める割合は約半分で、32億円である。その金額が欠けるとどうなるのか。東海銀行の調査部にたずねた。
「優勝による直接効果の数字を産業関連表を使って計算すると、間接的な効果をふくめ241億円という数字になるんです。ですから、計算の元となる直接効果の数字が大きく下回った今となっては最終的な経済波及効果も当初予想より大幅に小さくなると思われます」」
「自粛」の例は他にもある。
中日ドラゴンズ自身も、いつもであれば祝勝会でビールをかけあい、市内をパレードするところだが、今回はパレードは中止、「祝勝会」は「慰労会」と名称を改めビールかけはおあずけとなる。
街のたたずまいをみるかぎり、名古屋の人々は、いともあっさりとこれらの「自粛」を受け入れているように見える。
「東京の様子をうかがいながら決めたんでしょう。なにしろ名古屋は昔から、お上のやることには決して逆らわない土地柄ですから」
という幾人かの「街の声」も聞いた。「従順」なのである。しかし従順であることは、なにかをあきらめていることでもある。
試合が始まった。
中日先発の杉本は好調である。広沢に四球をだしたが、杉浦をピッチャーゴロにうちとり、まず無難な立ち上がりである。
「あらー、こら杉本調子ぇぇで」
左隣に座っている30代半ばくらいの男が一人ごとを小声でぶつぶつつぶやく。右隣もまた、一人で来ている客である。50歳前後の男性で、背筋をぴんと伸ばして腕組みしている。前にはサラリーマンの二人組、うしろにはアベックと親子連れ。皆沈黙である。妙に陰気である。外野席のトランペットが一段と鳴り響くが、バックネット裏は夜がしみるほど静かである。
どうも自分だけが浮くのを恐れて、周囲の出方をうかがっているらしい。ハッピを着ていない「普通の人々」は、かわりに陰気な羞恥心を身にまとっていて、ひとりでは脱ぐわけにはいかないようだ。
しかし一回の裏、先頭打者の彦野がいきなり火をつけた。ヤクルトの先発ギブソンの甘い球を強振すると、皆はじけるように立ち上がり「おおー!」と声にならない声をあげる。ライナー性の打球はそのまま伸びて、外野スタンドに突き刺さった。先制ホームランである。
レフト側外野席からは早くもテープが投げ込まれ、万歳! が連呼された。ピンク、ブルー、紺とそれぞれ色とりどりのハッピを着た応援団が、旗やメガホンを振って大はしゃぎしている。
早くも「全開」のその盛り上がりに比べ、しかし内野やバックネット裏はまだ燃えきれない。一瞬わいたものの、またみなベンチに腰を下ろし口を閉ざした。右の男はまた腕を組み、左の男はまた一人言をつぶやく。
だが、二番山田、三番中尾が出塁、この絶好機に落合が打った。軽く合わせるようにして振り抜くと、これもまたライナーで左中間スタンドへ。総立ちとなった観客は、打球の行方を見届けると、大歓声とともに飛びはねる。
「やった! やった!」
そこら中で見知らぬ者同士が肩を叩き、握手をかわしあう。主砲の、ほぼ勝負を決める一発で、ようやく内野もバックネット裏も、祭りらしい表情をつくりはじめた。
右隣の腕組み男に、その右隣に座っていた太鼓腹の年配の男が、話しかける。
「昨日は打線がしめっとったで、見とってしんどかったのう。今日はいいあたりばっかりだで、こういう日は見とる方も楽だのう」
腕組み男も、うんうんと上機嫌でうなずく。たまたま隣りあわせただけの赤の他人同士が、いったん口を開くと、まるで十年来の知人のように喋りだす。
二回裏、中尾と落合のタイムリーで2点追加。何度目かの「万歳」は、とうとうバックネット裏をも巻き込んだ。
「に買い終わって、6対0だで、こりゃもう勝負あったわなあ」
「あとは、星野の胴上げをみるだけだて」
前に座っている二人組のサラリーマンは上気した顔で、早くもゲームセットのあとに思いをはせている。
「星の、挨拶のとき泣くかな」
「泣くに決まっとるで。仙さん、涙もろいでよう」
郭がMVPに選ばれようと、落合がホームラン王になろうと、立浪が新人王をとろうと、中日の主役は星野仙一である。ドラゴンズ商品を扱うデパートなどでは、「仙ちゃん」人形が他を圧する売れ行きで、どこのみせも現在は売り切れ状態であるという。人気ではどんな選手もかなわない。
そして5回の裏、川俣のダメ押しのスリーランが飛び出した。打球がポールをまいてライトスタンド上段の熱狂の中へ飛びこむと、再び観客は総立ちとなった。
「やった! これで完全に決まりだ! これで決まりましたね」
喜びをおさえきれない様子の、一人ごと男から、握手を求められた。はにかみ屋の彼の手はとても温かかった。
6回にはいると、お祭り男の星野監督らしい采配がみられた。ライト川又が仁村に代わり、レフト中村は豊田に、好投していた杉本は鹿島と交代。ベンチ入りしている選手をみんなグランドに出してやろうということらしい。心憎い演出に、スタンドは一段と盛り上がった。
「あれー、こらオールスターだべ嬉しいのう」
と、右側の太鼓腹男が、本当に心から嬉しそうに言う。誰の顔も喜びに輝いている。
ここで、大きな事故にはならなかったが、ちょっとした騒ぎがもちあがった。球場の外にいたファンが、内野席の正面入り口に押しかけて「開けろ!」と騒ぎ始めたのだ。金網ごしに下を見おろすと、すでに2、300人はいるだろうか。僕は、うらめしそうに路上にたたずんでいた18、19歳くらいの少年たちの暗い表情を思い出した。
「開けろ! 開けろ!」
祭りに加われない彼らの怨みのコールが、球場の中まで聞こえてくる。下へ降りて見にいくと、金属製パイプ格子のシャッターが、人並みに押されて、湾曲している。警備員や警官が、「危険だから押すな!」と叫び、シャッターを押し返す。シャッターの一番前に立っていた小学生の男の子は、パイプに押しつけられて顔が歪み、今にも泣き出しそうだ。かなり危険な状態である。仮にシャッターが外れることがあったら、将棋倒しとなり、犠牲者を出さずにはすまないだろう。
僕はスタンドに戻り、上からまた見おろした。黒い頭がイクラか何かのように見える。そのイクラが、押し合いへし合いながらうごめいている。特定の誰かが積極的に押しているというわけでもない。無責任なもたれ合いの結果が、金属製のシャッターをゆがめるまでの圧力を生んでいるのだ。
「こりゃ面白い。いいぞ、もっと押せー、押さんかー、アハハ」
40代後半の中年男が、金網越しにどなり、お父さん、やめなさいよと女房にたしなめられた。
球場の外の怨みのコールをよそに、球場の中は、完全にお祭り気分が充満している。6回裏、内外野とも一勢にシューッと風船がうちあげられた。そのうちの一部はグランドに落ちて、試合がまた中断され、ウグイス嬢が「明るく正しい観戦マナー」について、虚しく呼びかける。
「これ、気に入らんで。阪神ファンがはじめてからやろ」
昔気質の中年ファンの憮然としたつぶやきも、彦野がこの日二本目のホームランを打ちこんで、その完成に消されてしまった。
7回裏には、ショートに立浪が登場、"エンターティナー"星野の演出がさえる。ピッチャーは上原。8回は、今期限りで引退がささやかれている鈴木孝政が、そして近藤が続き、9回の裏の郭源治の登場に至って、熱狂は頂点に達した。
郭の最後の一球を泰が大きく空振りすると、歓声とテープと紙吹雪が夜空に乱舞した。中日ナインが飛び出す。スタンドから「万歳」の連呼。星野監督の体が大きく宙に舞う。
歓喜の絶頂−−しかしそれはほんの数秒だった。ファンがグランドへなだれこみ、事態は急転する。
一瞬、それは楽しいハプニングになるかと思われた。感きわまって飛び出すファンが数人いても、それは感激を増幅する光景となりえたはずである。
しかし、数が多すぎた。そしてあまりに無軌道だった。6度、7度星野監督を放り投げたところで胴上げは中断され、選手たちは逃げるようにベンチへ引っ込む。主役のいなくなったあとのグランドは、野放図な群衆に占拠された。千人は軽くこえていただろう。坊主頭の少年達がいる。背広姿のサラリーマンがいる。ジャンパー姿のオッサンもいれば、OL風の女性もいる。普通の人々ばかりだ。あの「従順」なはずの人々だ。
彼らは、もはやカオスそのものだった。走り回る者。踊る者、万歳する者。グランドのそこら中を掘り返して土を拾う者もいれば、警備のアルバイト学生をこづき回している者もいる。本来はそこに彼らのヒーロー・星野仙一があるべき、白いお立ち台を引っ張り出してきて、その上で飛びはねている者もいる。
あまりにも無惨な光景だった。愚行がいつ果てるともなく続いた。スタンドに残っていた約3万4千人のファンが「万歳」をやめ、グランドの狂乱と対照的な、蒼ざめた静寂がスタンドを支配する。
「なんだ、あいつら……」
誰かが、ぽつんと口にする。
「帰れよ。このままだと星野が挨拶できんだろうが。帰れ」
グランドへほとんど誰も飛びおりなかったライトスタンドからまず「帰れ」コールがわき起こった。その波はたちまち内野からバックネット裏まで伝わった。
「帰れ! 帰れ! 帰れ!」
大合唱が、球場に響きわたる。薄ら悲しいほどに滑けいだったのは、その次のシーンだった。暴れていた観客は、自分たちが「大多数」の批判にさらされていることにはじめて気づき、あわてふためいて、内野の金網へ、あるいは外野フェンスへと我れ先に殺到したのである。彼らには、自分自身の姿が全く見えていない。無自覚に群れに身をまかせるだけなのである。
彼らがグランドから引き上げたとき、ダイヤモンドにはベースは一枚も残っていなかった。四枚ともすべて引きはがされて、持ち去られていた。彼らは自らの手で、自分たちの祭りをだいなしにしてしまったのだ。
グランドでの監督挨拶の中止が正式にアナウンスされると、深い失望の吐息が場内に広がった。ほんの数分前まで上機嫌だった人々の顔から喜色が去り、再びまた陰気の無表情に戻った。そして驚くほどの諦めのよさで、口数少なく出口へと向かった。
翌日、このグランド乱入事件によって小指切断、足の骨折などの重傷者を含め、ケガ人が20人近く出たことが明らかになった。また、同日深夜、市内のセントラルパーク一帯に集まったドラゴンズファン約1万人が再び暴走、タクシー18台、パトカー2台、投稿者1台が破壊したことも大きくマスコミで報じられた。
一般週刊誌によっては、暴走心理の分析を、事件の報道にそえていたが、「名古屋人気質」に遠因を求めるものが目立った。つまり、
「名古屋は、"大きな田舎"で、いまだに排他的なムラ社会であり、べったりと馴れ合う身内同士の人間関係しかなくて、他人とつきあうためのモラルやマナーが低い」
というものである。確かにその通りと、一応はうなずける。
しかし−−「乱入」後のナゴヤ球場で、観客があらかた帰ったあとも口論をしている二人の中年ファンがいた。一人は顔を真っ赤にして、ドラキチの愚挙に怒っている。
「グランドは選手のもの、スタンドはファンのもの。わしは中日ファンとして情けないわ!」
もう一人は、まったく逆だった。
「なんで悪いんや! 皆、優勝が嬉しくて飛びこんだんだでよ。だいたい他の球団のファンだってやっとるだぎゃ。わしらが同じことやって何が悪い!」
どちらも本気だった。そしてどちらもある意味では正しいと思われた。無責任な群衆に怒りつつも、しかしまた、群れに埋もれる快感への誘惑も、時に避けがたくある。
「名古屋人」だけを、誰が笑えるだろう。
「従順」と「暴走」の二つの光景は、おそらく'80年末のニッポンを写した同じスチールの、ポジとネガなのだ。