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「週刊ポスト」第9号 2000.3.10

あの「根津医師(諏訪マタニティークリニック院長)除名」は何だったのか!?


「非配偶者体外受精」を突然認可した
日本産科婦人科が区会の摩訶不思議


 98年6月日本で始めて非配偶者間の体外受精の実施を発表した諏訪マタニティークリニック(長野県諏訪郡)の根津八紘(やひろ)院長が、同年8月に日本産科婦人科学会(以下、日産婦)に除名された「事件」をご記憶だろうか。

 処分の理由は、「会告(会の定めるガイドライン)に違反した」というもの。日産婦は83年10月に出した会告で「体外受精によって治療を受ける夫婦は、婚姻している夫婦とする」と定めている。根津医師は、排卵障害のある30代女性に対して、女性の妹から提供された卵子を用いて体外受精を行なったため、会告違反として処分されたのである。



 ところが、最近になって日産婦の倫理審議会は、第三者から提供された配偶子(精子・卵子)による体外受精を認めることを、大筋で決めた。まだ2年も経っていないというのに、180度の方針転換である。誰の目にも明らかなこの迷走ぶり。いったい日産婦とは、どういう組織なのか。

 除名された根津医師は、あきれた様子でこう語る。

「日産婦のお偉方は『根津はけしからん』といって、除名処分にした。それが手の平を返して、非配偶者間の体外受精を認める、という。何を考えているのか、わからない。」

 無精子症の男性が子供を持つ方法として、AID(非配偶者間人工授精)という方法があります。これは第三者から提供された精子を、奥さんの死球に注入して受精させる方法で、48年に慶応大学が始めて以来、すでに何万人もこの方法で生まれています。ところが日産婦はこのAIDの是非について、検討の議論を一度も行なわないまま、ずっと黙認してきました。会告でAIDを正式に認めたのは96年のことです。

 私が手がけたのは、第三者から卵子を提供してもらって行なう体外受精です。なぜ、第三者からの精子提供はよくて、卵子提供はいけないのか。

 卵巣障害の患者さんの中には提供卵子による体外受精しか、子どもを産めない人がいる。AIDが認められるのに、半世紀かかった。卵子の提供による体外受精を、日産婦が認めるまで何年かかるかわからなかった。年齢的な限界をかかえている人は、何年も待てないわけです。そういう人を、医師として見捨てることはできないから、私はあえて行動を起こしたのです」

 根津氏の除名処分を決定した98年8月29日の日産婦評議委員会で、賛成が369名(委任状を含む)と圧倒的多数の中、3名の委員だけが処分に反対した。虎ノ門病院の佐藤孝道・産婦人科部長はそのうちの一人。

「除名に賛成した人の中には、『本当は自分も反対なんだけど、上には逆らえなかった』という人がずいぶんいました。上からにらまれると、色々と嫌がらせをされる。それが怖くて、執行部の言いなりになる人が多いんです。

 根津さんに対する批判として、『皆で決めたルールを破るのは許せない』という批判がありましたが、これは間違ってる。ルールを皆で決めたことなどないからです。

 この問題に関して、学会内でオープンな議論が行なわれたことは、一度もありません。議論をするためのルートを封じておいて、根津さんを見せしめ的に処分するやり方は、非民主的です。だから私は処分に反対したんです。

 だいたい、日産婦にはディスカッションの場など、ありません。一握りの人間が密室で決めてしまう。今回の会告変更の動きもそうです。一般会員の99%にとっては、青天の霹靂ですよ」

 日産婦の会長をつとめた経験もある慶応大名誉教授の飯塚理八氏も、日産婦の組織体質に問題があると指摘する。

「根津さんはジャンヌ・ダルクみたいなもの。手法はゲリラ的だが、ああするしかなかったでしょう。実は、昭和58年(83年)に、会告をつくった時、私もかかわっているんです。その時は、定期的に改訂されてゆくものだと思っていた。技術はどんどん進歩しますし、アメリカの学会などは、3年ごとにガイドラインの見直しを行なっています。

 ところが、日産婦はまったく見直しを行なわない。そこで私は、後任の会長に、そろそろ見直しが必要だと手紙を書いたのですが、返事すらこなかった。後日、学会で会ったときに問い質すと、『あれは後任の会長にまかせました』という。会長職の任期は1年なので、みんな面倒なことは先送りしてゆくのです。

 元会長の私が、手紙を出してもこうなんだから、根津さんのような開業医の方が意見具申しても誰も耳を貸しません。お恥ずかしいが、これが日産婦の現実です」

 日産婦のある評議員は、今回の騒動の根っこにあるものは、「医学界の古いボスたちの権力誇示」と話す。

「不妊治療技術は、今や開業医が一番進んでいる。逆に一番遅れているのが、大学病院です。ところが学会内の序列はその逆で、大学が一番上で開業医は一番下。日産婦を牛耳っている幹部は皆大学教授で、彼らは、それが面白くない。新しい治療法の導入を開業医にせっつかれるのが我慢ならないんですよ。

 それで、根津氏をスケープゴートにして、自分たちの権力を誇示し、組織のしめつけを図ったんです」

 猿山のボス猿支配のようなものだ。低次元な話である。

 問題は、こうした場当たり的なやり方によって、会告の権威と信頼性が失われることだと、前出の佐藤氏は語る。

「評議員の中にも、会告を守っていない医者がいる。会告の内容を知らない者すらいます。根津さんが処分されたのは、会告違反をオープンにしたからであって、違反しただけなら処分されなかった。それならば、水面下でやっていればいいとなりますよ」

 闇で非配偶者間体外受精が行なわれているという噂は根拠のない話ではない。関東地方のある病院にかかった卵巣障害の女性が、「妹の卵子を使って体外受精してくれませんか」といったところ、あっさり医師が承諾したという実話もある。もちろん、こうした会告違反が表沙汰になることはなく、処罰もされない。

 根津医師も、こう語る。

「不妊症治療をしている医者の1割ぐらいは、違反をしているでしょう。そういう状況は、不健全です。患者さんの利益にならない。医者の都合ばかり優先させる医療ではダメなんですよ。医者のための患者ではない。患者のための医者なんですから」

 日産婦は、会告を変更しても、根津医師の除名は撤回しない腹らしい。倫理審議会のあるメンバーはこういう。

「根津医師に関しては、知ったこっちゃない。私どもは根津さんを完全に否定する見解を出しています」

 自分たちのメンツを守ろうとするあまり、逆に世間の失笑を買うことになる。日産婦の「お偉いさん」は、そんなこともわからないようである。

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