「別冊宝島93 プロ野球の悩み野球狂のための脱プロ野球読本」 1989 宝島社
企業戦略のなかの福岡ダイエー・ホークス
【野球の経済学】
”博多っ子純情”としたたかな企業戦略。
野球をめぐるビジネスによって、
野球というビジネスが
おろそかにされはしないか?
50年間、まるまる半世紀におよぶ南海ホークスの歴史が昭和の終焉とともにピリオドをうたれ、そして平成元年のベースボールが幕を開けた。
今シーズン、最も気にかかる球団をひとつあげるとしたら、やはり福岡ダイエー・ホークスをおいて他にないと思われる。南海からダイエーに譲り渡されて、ホークスはどう変わったのか。浪花を離れ福岡の地で、どう迎え入れられようとしているのか。
オープン戦が始まる前の、まだ肌寒い2月、福岡に出かけてみると、つい先頃まで西鉄ライオンズの懐旧に浸りつつ西武ライオンズを応援していた人びとが、改装なった平和台球場で11年ぶりに誕生した地元球団を応援しようと、ばたばたとホークスファンに転向していた。
「福岡にホークスがくると発表されて以来、こちらはもうずっと大騒ぎですよ。みんな舞い上がってしもうて、足が地につかんようなありさま。まあ、ボクらもその騒ぎに一役買っとるんやろうけども」
飲み仲間を集めて、『福岡ダイエー・ホークスを気ままに応援するサラリーマンの会』を作った前田宏三さんもまた、全盛期の西鉄をため息とともに回顧していた一人である。
「凄かったぁ、あのころの西鉄は。野球が豪快やったもんね。稲尾、中西、大下、豊田。巨人相手に三連敗四連勝。ボクは子供の頃から西鉄ファンですが、あの頃の九州人は皆そうだったと思いますよ。こちらではライオンズ人気は根強いし、ボクも応援してましたけど、複雑でしたしね。九州から逃げていったチームですから……。そこへ今度ホークスがやってくるという話が出たでしょう。正直言って、魅力あるチームではないし、知ってる選手もほとんどおらんですが、地元チームを何とか盛り上げたくて、こんな会をつくったんです」
二度と球団に逃げられるようなことがあってはならない、そのためには球場へ足を運ぶのが原点と、350人の会員の寒波で二万円の年間予約席を3シート購入、会員共有の財産とし、他に月に一回は例会として会員全員で外野席に陣取り、応援する予定という。
「九州の人間は熱しやすくさめやすいんです。強いと球場は満員になるけれども、弱いととたんに誰も応援しなくなる。でも、今度ばかりは辛抱強く応援しますよ。不安はありますよ、あのチーム力じゃ。でも、わが九州のチームとなったからには、神風が吹いて必ずや優勝すると思うとります。ムリですか、やっぱり? ハハハ」
お手本は西武と大リーグ
昨年秋以来、福岡では前田さんの会のような草の根の応援サークルが、いくつも生まれた。新生した九州球団への期待は過熱気味のようで、ダイエー球団が売り出した年間予約席のうち、一番高い8万円のスペシャルシートが即座に完売、ファンクラブ加入者も当初予想をはるかにこえて、6万5千人にふくれあがった。この数字はホークスというチームに対する期待値であり、ライオンズが去ったあとの空白の大きさでもあり、そしてまたダイエーの、カネに糸目をつけない精力的なプロモーション活動の結果でもある
1月19日、800万円かけて日航機をチャーターして、中内オーナー以下総勢100名余のホークス関係者は、ライブ・エメラルドグリーンのブレザーに身を包んで、神戸から華々しく福岡入りした。これは1958年にドジャースがニューヨークのブルックリンからロサンゼルスへフランチャイズを移したときの方法を、そっくりそのままコピーしたものだが、その後市内のホテルでのパーティーで、中内オーナーが口にした、
「ホークスのオーナーは、市民の皆さんです」
という泣かせ文句もまた、ドジャースのオーナーであるピーター・オマリーの名セリフを借用したものだった。
その後「7,000人のファンのつどい」など、福岡市内で各種イベントを開催。さらには三宅一生デザインの新ユニホーム、ロス五輪のシンボル・マークをデザインしたボブ・ムーアの手によるチーム・キャラクター”ミスター・ホーク”、そして阿久悠作詞の新球団歌の発表と、CI戦略にも手抜かりがなかった。
「西武と大リーグのやり方をお手本にする」という言葉どおり、計算しつくされた見事なまでの営業展開はことごとく成功をおさめ、一般市民だけでなく、マスコミもしばらくは躁状態が続いた。
今まで巨人と西武だけに偏っていた九州のスポーツ紙は、連日一面でダイエーの話題を掲載した。テレビ局は各局とも、従来は報道部に所属していたスポーツ班を独立させ、スポーツ部に昇格させて陣容の充実をはかり、競ってホークスの特番を組んだ。
去年までアナウンス部長だったという、KBCスポーツ部の上原大輔部長はこう語った。
「毎月のように特番をつくりました。まずは選手の紹介です。福岡のファンに、ホークスはなじみがありませんからね。試合中継の放映権の争奪も大変でしたよ。目玉商品の、ライオンズ戦のとりあいになりましたから」
在郷キー局で編成され、ナショナル・スポンサーがついて全国ネットが組まれる巨人戦の優位は動かないものの、ダイエー戦の中継はそれにつぐ本数となり、西武戦の中継本数をしのぐだろう、という。
「ダイエー戦は全国ネットには、なかなかのらない。すると制作コストがかかる局の独自制作にならざるをえないのですが、それでも各局とも、年間7、8本はやるでしょう。ウチはオープン戦を含めて、11試合放映します」
ダイエーは九州に来た「黒船」か
「ダイエー狂騒曲」ともいうべき持続的な熱狂。みんな新球団に何を期待しているのか、僕は会う人ごとにたずねた。
九州らしい、豪快で攻撃的な野球。勝っても負けても仕方なか、と思えるような潔い戦いっぷり。関西色・旧南海色の一掃。地元出身選手の獲得。稲尾か中西か、とにかく旧西鉄OBを監督にすえること。それがダメなら広岡か古葉か、誰でもいいから優勝させられる監督をつれてくること。何でもいい、とにかく派手にやること。
いずれの声も、九州人としてのアイデンティティを濃厚に味わいたい、と言っているように聞こえる。
ひるがえって、中西オーナーをはじめ、ダイエー首脳陣は、この半年、何を口にしてきたか。
福岡市民がオーナーの市民球団であること。全国制覇をなしとげて全国区の球団になること。アジアに開かれた球団として、ゆくゆくはアジア・リーグを開くこと。
ダイエーの語るところは、すべてエリアであり、版図であり、面的拡大であって、野球の質はそこにない。文化も語られてはいない。福岡市民とダイエーの求めるもののこのすれ違いは、今はまだ「ダイエー・ホークス来福、熱烈歓迎」と諸手をあげている福岡の人びとの、その笑顔の底に、ある冷ややかさとなって横たわっているようにも思われた。
「博多っ子ちゅうか、福岡の人間の気持ちん中には、二つの扉があるけんね。博多は商人の文化やけん、最初んドアは簡単にあける。よそからきた人を、あたたかく迎える。だけん出張や旅行で来た人は、『博多はいい』と言いよる。そやけどその内側にはもうひとつ扉があって、そん中には『よそ者(もん)さん』は、簡単に入れんばいね」
福岡出身の友人の言葉を、ふと思い出した。ダイエー・ホークスはまだよそ者、ということなのだろうか。
50万人の署名を集めて、球団誘致の市民運動を展開してきた『市民球団誘致会議』のスタッフの一人は、その冷ややかさについてこう語る。
「福岡の人間の大多数は、ホークスは大歓迎、でもダイエーはちょっと……というのが本音なんです。ダイエーの強引な商売のやり方というのは、以前から福岡ではすごく嫌われているんですよ。福岡一の繁華街の天神に、ダイエーショッパーズという大型店舗をオープンする時にも、中内さんが『天神商店街にペンペン草を生やしてやる』と言ったとかいう噂が流れましたし……」
『ペンペン草』発言については、たびたび耳にした。ダイエー広報サイドは
「あれはまったくの誤解。中内は『今はペンペン草しか生えていない土地にショッパーズを建てるが、いずれ天神商店街のようになりたい』と言ったんです」
と反論するが、とはいえ、ダイエーの九州進出の過程で起きた摩擦は今も傷を残しているとみえて、福岡の流通業者の集まりである「都心会」に、ダイエーショッパーズはいまだに許可されていない。
「黒船ですよ」
ダイエーのことを、地元新聞のある古参記者はそう形容した。
「ダイエーさんは、いったい何をたくらんでいるのか、九州を植民地にする気なのかと流通業者を中心に戦々兢々(きょうきょう)としているんです。特にツインドーム構想が発表されてからですよ、これはおかしいと思いだしたのは」
ダイエーの「九州制覇」説
ツインドーム構想とは、3月17日から開かれているアジア太平洋博覧会(よかトピア)の跡地「シーサイドももち」に、2,000億円かけて多目的スポーツドームとファンタジードームの双子のドームを並べ、高層ホテルとともに一大複合集客施設をつくりあげようという計画である。現在使われている平和台市営球場の下に、大和朝廷の迎賓館である「鴻臚(こうろ)館」遺跡が発掘されたため、数年後に同球場をとり壊して新しい市営球場を別の場所につくる予定になっていた。そこへ突然、ダイエーが巨大プロジェクトを発表して割りこんできた。
「結局、再開発用地の利権というねらいが先にあって、そのために球団を手土産にもってきたということじゃないですか。福岡市もまた、桑原敬一市長以下、ダイエーの言いなりで、「シーサイドももち」文教・住宅地区だったのに、ダイエーが構想を発表してから商業地区に指定を変更してしまった。財界は、市とダイエーに非常に反発してますよ」
チャーター機で乗りこんできた当日のパーティーでは、九州・山口経済連合会会長の永倉三郎氏をはじめ、九州財界の主だった面々はすべて欠席した。あわてた中内社長は、翌日の朝から、その欠席した大物財界人たちをたずねて自ら挨拶まわりをしたという。
「それでも、ほとんどの人が会わなかった。九州の財界人たちが居留守をつかったのか、本当に不在だったのか、それはわかりませんがね。財界の中にも、福岡の経済が活性化すると勧化するムキもありますが、商工会議所あたりの反発は強いですよ。独自の調査会を設けて調査するそうです」
一企業の事業計画に、商工会議所が事前調査のための期間を設けるというのはきわめて異例のことだ。裏返せば、それほどドーム構想が、福岡経済界に動揺を与えているということでもある。正式名称を『福岡ツインドーム計画影響事前調査協議会』というその機関の事務局長である高上保夫氏に話を聞いた。
「一企業のプロジェクトといっても、規模が大きいですから、与える影響も大きい。知らんふりはできんということです。経済波及効果はたしかに魅力があるが、不安も大きい。球団がくるのは結構、全員賛成ですが、ドームは商工会議所内でも意見が分かれる」
具体的に、何がどう不安なのですか?
「いろんな噂が、私らの耳にも入るわけですよ。公共の土地を売るわけでしょう。その後ダイエーさんは、球団経営をある程度の期間やったら、ホークスを売る気じゃないか、あるいは他の土地に持っていくんじゃないか。そして気づいたら、土地だけダイエーのものになってたということになりゃしないかと。そういう心配する人は、多いですよ。だから私たちとしてはダイエーさんの考えをよく知りたい、その計画を充分に調査したいと考えているんです」
前出の古参記者は、こうもつけ加える。
「ダイエーさんのもうひとつの狙いは、西武セゾンをはじめ、ライバル流通企業との九州での戦争に勝ち抜くためでしょう」
カネボウや西福岡自動車学校の跡地など、市内の主だった大規模都市再開発用地には、ダイエーがメーン・ディベロッパーとして進出することが決定している。このところ九州への進出が著しい西武セゾン・グループに競り勝ってのこと、だという。
昨年12月、系列スーパーのユニードの新たな出店計画が発表されてからは、ダイエー「九州制覇」説はさらに真実味をおびて響くようになった。その計画によると、89年から5カ年計画で、九州地区に大型店舗約20店を展開、設備投資総額は1,000億円にもなるという。大きな赤字を抱え、81年9月に九州ダイエーと合併して以来、新規の店舗展開を控えていたユニードの、ここへきてのこの出店攻勢を、ホークスの福岡誘致と無関係に考える者は誰もいない。
ツインドームが必要な理由
今後の問題の核心となるのは、「ツインドーム構想」である。ダイエーの側の思惑はどこにあるのか、それをまず知りたいと思った。ダイエー・グループの不動産戦略を担う、ダイエーリアルエステートの田畑進部長を訪ねる。「ツインドーム構想」の担当責任者である。
「私どもはディベロッパー会社ですから、ディベロッパー・ビジネスとして世界一の複合集客施設をつくりたいという希望を、前々からもっていたわけです」
球団買収の計画を知らされると同時に、球場の構想をまとめるようダイエー本社から指示されたのは、昨年の8月。それからわずか4ヵ月後には、計画をまとめて発表した。
「イメージはもともともっていましたからね」
まず、初歩的な質問。なぜ、ツインドームでなくてはならないんですか。
「ドーム球場は建設コストが高く、福岡でドーム球場単独では採算があわないからです。もっと集客力を高めるために、ツインにしたわけです」
単独のドームで採算があわないなら、なぜ福岡へ?
「それは、福岡の皆さんがいちばん誘致に熱心だったからですよ」
ふうむ、よくわからない。ならばドームではなく、福岡の人口サイズに見合った屋根のない通常の球場でもよかったのではないだろうか。それならば、建設コストは小さくてすむ。あるいは、福岡の市場が小さいならば、神戸か千葉という手もあったのでは。
「神戸はフランチャイズ権の問題で、オリックスとぶつかるので無理。千葉はたしかに魅力ありますが、東京ドームのすぐ近くにもうひとつドームをつくるというのも、あまりうまくない。後楽園スタジアムと、メニューの交換ができませんからね。たとえばマイケル・ジャクソンをよぶでしょう。ステージのセット、音響、照明などの設備に莫大なコストがかかる。ところがこれ、ドーム以外の会場ではサイズがあわなくて使い物にならんのですよ。作り直すと別にまた経費がかかる。ですがビッグエッグと同じサイズのドームがあれば、そのセットは再利用できて、コストは半分にすることができる。つまり、ビッグエッグの誕生以来、ドーム級のイベントという新しいクラスのイベントが生まれたんです。ドームはとにかく建設コストがかかりますから、野球以外のイベントで埋めないと経営がなりたたない。そのためには、後楽園スタジアムとメニュー交換できるよう、東京から距離のある福岡がベストなんです」
企業論理による球団譲渡劇
わかってきた。つまりどうも、あらかじめドーム構想ありき、ということらしい。
「首都圏でのビジネスは、ディベロッパーとしてはたしかに魅力ありますよ。しかし仮に千葉に球団をもっていったとしても、巨人や西武の人気にはなかなか追いつけないでしょう。その点、福岡だったら、九州全土1,400万人をひとりじめできますからね。日本をいくつかの経済都市圏に分けて考えますと、開発可能性が最も高いのは九州だと思うんです。飽和状態の首都圏に比べ、利用可能な土地が多く残されている。21世紀は、まさに九州の時代ですよ。私ども、ディベロッパーとしては、やがて九州全域を開発していきたいと思ってるんです」
「それに九州は、アジア諸国への距離も近い。今後、アジアの各都市と福岡との間に直行便が増えていきますからね。NIESのお客さんがディズニーランド目当てに日本へやってきて、その帰り道に九州へ立ち寄っていく。そんな需要が確実に見込めるんです。だから、観光客用のファンタジードームが必要になる。今後は、シーズンオフにダイエー・ホークスは独自に韓国や台湾と一緒にアジア・リーグをやったらいいと思いますね。日米野球は巨人にまかせて」
ダイエーはアジアとの関わりを年々深めている。昭和62年度のダイエーの海外直接取引額は740億円。それが63年度については930億円に急増しており、そのうち約70%は対アジア貿易で占められているという。
「シーサイドももち」の利権確保、対アジア戦略の橋頭堡(きょうとうほ)の構築、九州の流通市場制圧の決定的な基盤、ディベロッパーとしての存在アピール、グループ全体のCI効果とイメージアップ……。
ダイエーにとって球団をもつということは、一石で四鳥も五鳥も落とすようなきわめて効果的な投資なのだ。それはとりもなおさず、ホークスは不動産業者のビジネス・ツールにほかならない、ということだ。
「中内氏はつねづね、四セクタービジョンということを言ってます。ダイエー・グループの柱は、リテール(小売り)、ディベロッパー、ファイナンス、サービスの四つであると。ですが、あと50年したら、、ダイエー・グループの基幹ビジネスは、ファイナンスとともに、このディベロッパー業務になっていると思いますよ。ご承知のとおり、日本では土地をめぐるビジネスは奥が深いですからね」
何回からダイエーへの球団譲渡劇は、電鉄の時代が終わり、流通サービス業という第三次産業へ日本経済の重心がシフトしつつある、そういう転換期の時代の象徴的事件として一般的には解釈された。しかし、もう少し掘り下げていけば、その底には「土地」が存在することに気づく。
何回は関西新空港建設にともなう難波再開発の1,000億円プロジェクトのために、大阪球場を取り壊す必要があった。邪魔者になったホークスを買い取ったダイエーもまた、それをディベロッパー・ビジネスに利用しようとしている。売る側と買う側は対角線上に位置するようでいて、実はまったく同じ企業論理に従って動いたにすぎない。昭和から平成へひきつがれたポストモダンな超資本主義の姿をひと皮めくれば、この国の泥くさい「土地本位制」経済がみえる。
ハワイ・カウアイ島での問題のキャンプ
たかが野球であるとはいえ、それはそれなりに真剣なファンの思い入れを、あけすけな企業戦略に組みこんで野球以外の別のビジネスの利潤にかえる。企業としては当然の行動かもしれないが、そのメカニズムが効率的であからさまであればあるほど、ファンの情熱の消耗も早い。
だがしかし、親会社の企業戦略がどうであろうと構わない、要は、プロ野球ファンにとっては野球がすべてなのだ。ホークスが魅力的なチームとなり、グランドでのプレーで我々を魅了してさえくれれば、それでいい。そう考えて割りきることは、むろん可能である。
ダイエーが潤沢な資金を惜しみなく投下してチームを強化し、日本のプロ野球の水準をひきあげてくれたら、こんな結構なことはない。ダイエーに対して我々が抱えている小心な猜疑心もささやかな反発も、すべて雲散霧消してしまうだろう。
ダイエーも、そんなことは先刻承知のようだ。営業やプロモーションばかりでなく、チーム強化のために、すでにかなりの投資をしている。
まず、選手の年俸。選手の平均年俸が12球団中最低で、唯一、1,000万円を切っていた南海ホークスは、日本一の貧乏球団といわれていたが、ダイエーはそれを大幅にアップ、平均年俸は1,200万円と、12球団中6位にまで上がった。
次に大物外人のスカウト。交渉時にダイエーが日米協定を破ったため、米コミッショナーから日本のコミッショナーに抗議書が送りつけられ、球界のヒンシュクを買うという一幕もあったが、獲得した元インディアンスのウィリー・アップショーは、大リーグ通算10年間で打率2割6分6厘、123本塁打、528打点の記録をもつ大物。年俸1億2,000万円が高いか安いかは、今後の活躍市大であるが、門田の抜けた穴を8割方埋められれば成功といえるだろう。
そして、予算に1億円かけたハワイ・カウアイ島での問題のキャンプ。温暖な楽園での調整はハイピッチで進むかと思われた。ところがこれが大きな誤算だった。キャンプに同行した、あるスポーツ紙のタカ番記者の話に耳を傾けよう。
「球場は狭いし、グランドは整備されていない。室内練習場もない。地元のハイスクールと兼用のため、午後3時半になるとあけわたさなくてはならない。それでも前半はよかったんです。暖かいし、杉浦監督も報道陣をシャットアウトして守備練習したりして、例年と違う厳しさをみせてましたからね。ところが後半に入ったら、連日雨にたたられまして調整は大幅に遅れてしまったんです。こんな時、室内練習場があれば問題ないんですけどね。23日にはとうとう、半ばヤケクソでどしゃぶりの中で練習を強行しましたよ。バナザードは『クレイジーだ!!』と怒ってましたし、アップショーは『監督の命令には従うが、雨の中で練習したのは生まれて初めてだ』と皮肉を言ってました。それなのによく24日は大喪の礼ということで、練習は休み。上からの指示でしょうけど、久しぶりのカンカン照りだというのに練習せず、それぞれゴルフをしたり、買い物をしたり。わけがわからない」
わけがわからない、本当に。
それでもホークスの首脳は、このさんざんだったキャンプ地に固執し、早々と来年以降も同地でキャンプを張る意向があることを表明している。はて、どうしたわけだろうと首をかしげざるをえない。海外でキャンプを張る目的のひとつは、大リーグと合同で練習して技術を磨くことだが、ハワイではそんなメリットもない。
「ダイエーの世界戦略の拠点なんですよ、ハワイは。ホノルルに”ダイエーUSA”という会社があって、世界的に有名なアラモアナ・ショッピングセンターを買収して経営にあたってるんです。他に三店舗もっているし、農産物などの輸入の拠点にもなっている。ところがカウアイ島だけはまだ手をつけていなくて、ここにゆくゆくはドジャー・タウンのようなものをつくりたいと考えているようです」
ドジャー・タウンとは、ドジャースがフロリダに所有しているキャンプ地のことで、ショッピング・センターやレジャー施設が併設され複合リゾート機能をあわせもっている。
杉浦監督の憂うつ
またしても、野球をめぐるビジネスだ。僕は、杉浦監督がいささか気の毒になった。野球をめぐるビジネスによって、野球というビジネスがおろそかにされ、その結果、ペナントレースの成績がふるわなかった場合でも、彼が責任をとらされるのだろうか。
昨秋の呉キャンプでの、杉浦監督の浮かぬ表情を思いだす。
「ダイエーからきた社員は精鋭ぞろいで、さすがだと思いますよ。けれどもいかんせん、野球に関してはシロウト。たかが野球とはいえ、これでなかなか難しいんです。すべて一から十まで僕がやらなくてはならない。たとえば練習場の問題。フロントが探してきた土地を見にいくと、これが海辺の埋め立て地ばかりなんですよ。そんな場所は海風が強くて、練習にならない。そう言ってもわからないんですよ……」
彼の嘆息を知ってか知らずか、その後、ホークスの練習グランドは、海の中道(なかみち)海浜公園の「雁の巣(がんのす)レクリエーションセンター」の中に置かれることが決定した。懸念されたとおり、強い強風が吹きつける場所で、周囲を10メートルほどの高さに盛り土して囲う予定だというが、たとえばフライ捕球の練習の際にそんな囲いが防風の役目を果たせるかどうかといえば、素人でも首をひねることだろう。
「球団取締役」という肩書を背負わされて、その実、監督としての希望はいれられず、「球界の紳士」とあだ名される男はひとり静かに孤独の影を深めている。
そもそも、ホークスのように戦力の劣るチームを再建しようとしたら、大ざっぱにいって二つの方法しかない。
ひとつは、大型トレードによる補強。もうひとつは、有能な新人選手の獲得と、その地道な育成である。
西武はライオンズを買収した年に、大型トレードを敢行し、同時に日本一の練習環境をつくり、数年後のチームのビジョンをもって新人の育成に全力をあげた。
今季、ダイエーは目立った補強を積極的にしなかった。それなりに事情もあったことだろう、とも思う。それならばなおさらのこと、練習環境の整備には神経を使い、力を注がなければならないはずだった。特に5年連続三桁の失策数を記録している、12球団中最低の守備力を向上させるためには、質量ともに豊富な練習と、そのための環境整備が不可欠だったはずだ。
カネをかけなくては、強くはならない。しかしカネをかけたからといって、強くなるとも限らない。
キャンプにしても、練習場建設にしても、カネはたしかにかけた。しかし、チーム再建のために何をなすべきか、どのような投資が有効なのか、親会社と球団フロントと現場との間に統一したビジョンが欠落していれば、結果としてその投資効果は低いレベルにとどまってしまう。そのことをホークスのために、惜しむ。
なにぶん勝負は勝負であるから、ペナントレースが始まらなければ結果はでないが、とはいえやはり、ホークスが常時優勝戦線にからんでくるような戦力をもつまでには、しばらく時間がかかりそうである。それまで、熱しやすくさめやすい、福岡の「のぼせ者」気質のファンは忍耐強く待ってくれるだろうか。
「まあ、弱い時代があっていいと思うんですよ」
「誘致市民会議」の会長でもある、山崎広太郎福岡市議会議長は言う。
「大きなカネをかけさえすればすぐ強くなるというのは、ダイエーのためにも、市民のためにもよろしくない。苦労する時期がないと、本当の意味での市民球団になりませんから」
同じく「誘致市民会議」で事務局長をつとめ、市内で歯科医を開業している小田展生氏も「がまん」を強調する。
「福岡の人間は、一度球団を失っている。その反省の上に立っての、誘致市民運動だったんです。結婚にたとえれば、一度失敗して、もう一度ヨメさんをもらうような者ですからね、二度と失敗は許されない。ホークスはべっぴんさんではなかったのに、えらく厚化粧して、べっぴんになってヨメ入りしてきた。いい時も悪い時も、可愛がっていかなくては。強くなるまで、3、4年辛抱しようとみんな思ってますよ。ダイエーさんの商売のやり方は、よく知っている。それhそれでいい。我々は支援することで制御しようと思っているんです」
「誘致市民会議」は、そのまま「講演会」へとスライドして組織を維持し、ダイエーのファンクラブ組織とは別に、市民団体として独立してホークスを応援していくという。
ホークスは、果報者の嫁、というべきか。
中内オーナーへの提案
ところで、中内オーナーはプロ野球を観戦したことがあるのだろうか? ふと思いついて、試みにダイエーの広報にきいてみた。
「ほとんどないと思いますよ。仕事のあとにいっぱいやりながらナイターを観て、毎日一喜一憂するような我々とは、全然違う人生を送ってきたんですから、あの人は」
もっともな話である。間口二間の薬屋から一代で身を起こして、総売り上げ3兆5,000億円という巨大企業群をつくりあげた男に、野球などにウツツをぬかしているヒマはなかったに違いない。
「1年365日、野球漬けになれ」
「三連戦で全部勝てとはいわない。2勝1敗でいけばいい」
「やるからには、優勝しかない。2位、3位では意味がない」
中内語録をいくつか拾い上げてみると、そこに浮かぶのは、強烈な上昇志向をもった実業家の輪郭である。ここには、勝利に対する貪欲な意志はあっても、野球を愛し、ゲームを楽しむという感情は欠落しているようにみえる。
ここまで書いてきて、東京・東伏見のアイスアリーナで、たびたび見かけた堤義明オーナーの姿を思い出した。堤オーナーのアイスホッケー好きはつとに知られているが、それにしても優勝のかかったような特別な試合ではなく、日本リーグの普通の公式戦にまで観戦にくるとは知らず、驚いたことをおぼえている。みたところ、賓客を接待しているという趣でもなく、あくまで楽しむための観戦のようで、それは超多忙な実業家にとってきわめて高くつく時間の空費に違いなかった。
だが僕は、そんな高価な遊びのできる彼をうらやんだ。このアリーナにいる誰よりも楽しんでいるに違いないと思い、嫉妬すらおぼえた。世間はそれを「道楽」というかもしれないが、とてつもなく豊かな浪費だと僕は思う。
程度の差こそあれ、我々がプロ野球を観戦するために、わざわざ球場へ足を運び、3時間近い時間を費やすのも、経済的にみれば浪費に違いない。純然たる消費。それがプロ野球を観るという行為の本質だ。そして、時間をいたずらに空費していることを忘れさせてくれるような美しいプレーと出会ったときに、野球を観戦するという愚かな行為は報われるのではないか。
だから、というわけではないが、僕は中内オーナーに提案したい。超多忙な時間の中を九州までふらりとやってきて、なんでもない公式戦を観戦し、他の仕事の商談などせず、そのまま東京なり神戸なりにかえるという無駄を何度かしてみたらいかがだろう。そして、
「球団の経営? ああ、あれは道楽ですわ。福岡の人たちと一緒に楽しもう思いましてね。どうせ野球を観るなら、熱狂的に野球が好きで好きでたまらない人たちと見た方が、なんぼ楽しいかわからしまへんから」
このくらいのセリフを上機嫌で口にしてくれたら、どんなにか愉快だろう。僕もダイエーの資本力や派遣への欲望が、野球の活性化につながると期待しているひとりであるが、それだけではまだ何かが足りない。多少、大げさでもいい。野球が好きで、自分のチームが可愛くてたまらないという無邪気な感情が、もの言いや身振りにあらわれたなら、それはやがて福岡市民に、さらには全国のプロ野球ファンに浸みわたっていくだろう。野球を愛する感情を共有していることで、ホークスをはさんでどこかちぐはぐなダイエーとファンとの距離が縮まり、福岡市民の、心の内なる二枚目の扉も開かれるだろう。
それは、ファンにとって望ましいことだ。
そして中内ダイエーと、ホークスとっても望ましいことのはずだ。
プロ野球はたしかにビジネスだ。しかしまた、それだけではない。