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別冊「宝島」 282号 1996年 JICC出版局

ダイエー会長・中内功「戦争」と「革命」

「戦地で死んだ戦友たちの無念を思うと、靖国神社に参拝に行く気持ちにはどうしてもなれん」
露悪的なまでに公言される「商売第一」という「本音」には、つねに、フィリピンで九死に一生を得た戦争体験が寄り添っていた。「流通革命の旗手」が語る日本とアジア、そして未来。


−−中内さんは、「規制の緩和・撤廃」「政・官・業の癒着の打破」「消費者本位の経済民主主義の確立」を、長年主張してこられました。かつては異端扱いされたものですが、時代がやっと中内さんに追いついたのか、最近では誰もが「規制緩和」や「行政改革」「政・官・業の鉄のトライアングルの解体」を口にするようになりました。もっとも「行革」ひとつとっても、「総論賛成・各論反対」が圧倒的に多く、現実的にはなかなか実現しないのですが……
中内  スローガンで皆、言うとるけどね、大事なことは実行にどう移すかということですよ。「各論反対」を唱える人は視野が狭い。やはり、世界の中の日本、アジアの中の日本いう視点を持たないと。今までは、日本からアジア、欧米を見てきたが、これからは視点を変えんとね。規制緩和の問題ひとつとっても、国内における利害関係だけで考えていてはダメ。規制緩和の根本にあるのは、各国の規制を撤廃して、全世界ひとつのルールでやっていこうという潮流ですよ。
  日本だけシステムが特殊なんだとか、日本的経営だとか何とか言って、例外扱いというわけにはいかんわな。また、そんなこと言っとったら、現実に日本は国際社会の中で生きていけないじゃないですか。日本だけ鎖国して、外国船を打ち払うわけにいかんでしょう。
  たしかに日本が発展途上国の時は、従来の政・官・業が一体となった日本型システムというのは機能したかもしれない。事実、通産省あたりを中心に産業保護育成策をとり、貿易黒字で外貨を貯めこんで日本経済をここまでもってきた。しかし、経済大国になってからも今までのやり方を継続するということはできんでしょう。円高となり、物価も賃金も世界一となった。しかし、円が1ドル360円から220円、そして100円台にまでなったというのに、円高のメリットがどれだけ国民に還元されただろうか。さまざまな規制が、メリット還元の邪魔をしてるやないですか。
  時代は変わったのだから、政策の中心も産業の保護・育成から、生活者のための豊かな暮らしの実現にシフトする必要がある。今までの生産者優位の時代から生活者優位の時代に変わらなくてはいかん。
−−しかし、これだけ「規制緩和」や「行革」が叫ばれても、なかなか変化があらわれませんね。なぜだとお考えですか。
中内  やはり国民が変わらないからやな。自分がタックスペイヤーであり、主人公なのだという意識が国民に全然ない。何かあるとすぐ、お上に頼る。陳情ばかりしていて、選挙を通じて政治に自分達の意志を反映させようと真剣に考えていない。そのくせ、何かあると「政治が悪い」と言う。しかし、国民がその「悪い政治家」を選んだわけやからね。

グランドキャニオンを埋めてまえ

−−経団連の要職についている間、規制緩和問題に取り組まれたわけですが、手ごたえはいかがでしたか。また、財界の居心地は。
中内  経団連については、いったん辞めたのだから何も言えんわな。言えば悪口になる。それでは転職したサラリーマンが、元の会社の悪口を言うのと一緒や(笑)。財界活動は休学中だから……
  ただ行革の問題を通して改めて痛感したのは、日本の官僚は国民をまったく信用していないんやな、ということ。もっと国民を信頼して、国民に任せたらいいのに、あれしたらあかん、これしたらあかんと、箸の上げ下げまでいらんお節介を焼く。たとえば子どもが池に落ちたら、「それ、柵を作れ」「大きな表示を作れ」というふうに。小沢一郎さんが『日本改造論』の中で、グランドキャニオンの話を書いていたでしょう。グランドキャニオンには柵がない。「落ちたらあなたの責任です」いうてね。それでいいわけでしょう。ところがこれが日本なら、もし人が落ちてみ、えらいことやで。誰が責任とるかいうてね。官僚も責任追及されたらかなわんいうて、「柵作れ」となる。場合によっては、グランドキャニオンを埋めてまえ、ということになりかねん(笑)
  そういう意味では、国民も自立してないわな。O-157が流行したいうたら、それ、保健所は何しとるなどと大騒ぎしとるが、そんな騒がんでも、よく手を洗うて、火をよく通した食べ物を食べるようにすればいいだけの話やないですか。自己責任というものを、もう少しもたんと……。やはり民主主義社会なんやからね、国民が自ら主人公として自己責任をもち、そして選挙を通じて政治を変えてゆくのが筋でしょう。何を変えるにしても、変えないにしても国民次第で、それが民主主義やから。独裁者が出てきて、ポッと変えてしまったらラクでいいかもしらんが、それではいかんわな。
−−皮肉な見方をすれば、国民が主役の国で何も変わらないということは、国民自身が変わりたくないと思っているということになりますね。行革や規制緩和に反対し、既得権益を握って手放さない人びとも、国民であることに変わりはありませんから。
中内  どうかな。そやったら絶望的やな(笑)。国民の責任で、変わりたくないんやったら、この状態のままいくしかない。僕はそう長く生きてへんから、まあぇぇわ。120歳までは生きるつもりやけど、それから先は知らんから、どうぞ御随意に。
−−  逆に、たいした変革も行われず、現在のような状態が続くとしたら、どうなると思います?
中内  間違いなく日本の経済力は衰退するやろね。すべての面でだんだんと世界から遅れていくやろな。中国や他のアジアの国々のほうが、ずっと、活力があるからね。

日本型システムは戦時システム

−−ひと頃、外国の日本研究家の間で、日本異質論が流行しましたが、逆に日本人の中でも、日本文化特殊論をふりかざして、「世界のルールの一元化」という議論に反対する人も少なくありません。たとえば、大和銀行の米国における不正取引スキャンダルが発覚したときのこと。日本の大蔵省が事件の報告を受けながらも、国際決済銀行(BIS)の合意に違反して、米国の財務省への通報を6週間も怠ったという事件がありました。この時、米国側の批判に対して、大蔵省国際金融局長の榊原英資氏が記者会見を行ない、「不適切な措置ではない。これは日米の文化の違いによるものだ」と言ったとか、言わないとか、大騒ぎとなりました。この榊原発言に関しては、日本国内でも賛否両論が出て、論争がまき起こりましたね。その中には「アメリカ人が決めたルールに従う必要はない」という主張もありました。
中内  文化と文明をごちゃ混ぜにして、おかしなことを言うとるよね。現代の我われの文明は、日本だろうがアメリカだろうが、西欧で生まれた近代文明の共通基盤の上に成り立っている。たしかに文化はそれぞれ違うし、個性もある。これは当たり前ですよ。日本人は縄文時代からこの日本列島に住みついとるわけだし、移民の国のアメリカとは文化は違う。我われ、日本民族は黄色い顔をして御飯を食っとる。アメリカ人が肉食っとるからといって、我われにも同じように「毎日肉食え」と言ったって食えないわな。あくまで相対的な差ではあるけれど、文化の差はある。
  しかし、近代文明が生み出した科学技術はどこでも一緒ですよ。日本の車がアメリカの車と違って特殊に動くわけじゃない。やっぱりガソリンエンジンで動く。原理は一緒や。共通の近代文明の上に立っているのに、文化の差を持ちだして日本が特殊であるとか、異質だのとかの根拠にするのは言い訳にすぎないでしょう。
  我われはどこへ行ったって日本民族だから、この顔でラーメン食ったり、沢庵食ったり、牛丼食ったりしている。日本人は、世界中どこへ行っても日本人。中国人が世界のどこでもチャイナタウンつくって、華僑として中華民族のアイデンティティを失わないのと一緒や。それぞれの民族の伝統とか伝承、文化というのは残るがな。
  そうかといってその民族性を必要以上に強調することもないわね。世界の中の日本で、アジアの中の日本なんだから。だいたい、国境がどんどんなくなりつつある。為替にしたって、モノにしたって、人にしたって、ボーダレス化してすべて自由に動いていくでしょう。ヨーロッパも、EU内部ではどんどん障壁が取り除かれていきつつある。そういう時代に、日本文化の特殊性をことさら言いたてるのは、おかしいわな。
  だいたい日本型システムといわれているものは、古来からの文化の特殊性に根ざしているのではなく、実際には1940年に制定された国家総動員法と産業報国会を基盤とした戦時システムやないですか。大東亜戦争の前に、岸信介がドイツをモデルにつくった官僚統制の翼賛体制ですよ。たとえば日銀法、食管法、アルコール専売法。いずれも国家総動員にもとづいてつくられた戦時立法で、「戦争目的遂行のために」と書いてある。そんな法律による規制が今も温存されとる。規制撤廃にしても行革にしても、根本的にはこの40年体制を変えるのか、温存しようとするのか、そこにかかってくる。

日向さん、あなたはおかしい

 「僕の原体験は戦争にある」−−。
  中内氏の著書やインタビューに目とを押すとかならず出くわす言葉である。フィリピンの最前線で負傷し、九死に一生を得た体験をもつ中内氏は、戦後民主主義の影響を受けた左翼の反戦平和主義とは一線を画しつつも、徹底した反戦平和主義者であることを自認しており、戦後半世紀、その信念を貫いてきた。時としてその信念は、保守的な財界の中では異端分子として孤立する原因ともなる。
 『中内功200時間語り下ろし−−好奇心に勝るものなし』(大塚英樹著・講談社刊)の中に、1981年(昭和56年)2月、京都の国立国際会議場で開催された関西財界セミナーを舞台にした、こんなエピソードが記されている。
  午前中の基調討議の席上、議長役の日向方斎関経連会長(住友金属会長)が、持論の「防衛拡張論」を開陳した。憲法を改正せよ、ソ連を仮想敵国と想定し、独自に防衛力を強化すべきだ、防衛費は対GNP比1・9%まで上げ、徴兵制を研究せよ等々。
 「その発言中、場内はシーンと静まりかえり、誰一人として異論を挟む者はいなかった。当時、日向は関西財界の重鎮として、その権力は絶頂期にあった。
  ところが、日向の発言が終わるや、「異議あり」という太い声が会場に響きわたった。中内の声だった(中略)。
 『日向さん、あなたの議論はおかしいと思います』
  60代でも小僧あつかいされる財界で、58歳の中内が日向に噛みついたのである(中略)。
 『かつての日本は、大東亜共栄圏建設の美名のもとに侵略の過ちを犯した。戦争中、朝鮮半島、中国、アジア各国を侵略したことを知らないとはいわせない(中略)。
  太平洋戦争は、資源の争奪によって起こった戦争です。戦争になれば、あなたの会社は軍需産業として儲かるでしょうが、我われはたまったものじゃない』」
  この中内発言に対して、日向関経連会長も激昂して反論、コクヨ副社長の黒田靖之助、ワコール社長の塚本幸一両氏も日向サイドに立って憲法改正、防衛費拡張を支持する発言を行ない、孤立した中内氏との間で、激しい議論の応酬となったという。以後、中内氏は二度とこの関西財界セミナーに出席していない。

中内  戦争を体験してきた人間として、国民皆兵とか、軍備を強化せよなどという主張にはそう簡単に賛成できるものじゃない。あの関西財界セミナーのときには、僕ははっきりこう言った。「日向さん、本気ですか?  あなたの息子さんが戦争に行って、戦死してもいいんですか?」と、誰でも嫌じゃないですか。自分の息子や、自分の血を分けた人間が戦争に行って命を落として、それで「お国のために死んでよかったなぁ」なんて言えるか!?  みんな涙を流すやないか。それなのに徴兵制を復活させ、本格的に再軍備しようなんて話をするから、僕も熱くなって本気で反論した。そんなええかげんなことを言うのはおかしいと、言うたわけや。戦争体験のない人はええかげんなことを言ったりするが、僕らみたいに、関東軍やら、フィリピン派遣軍やらに行かされて、実際に最前線で戦ってきた人間は、どんなことがあっても戦争だけは絶対に避けないかんと思う。人間と人間が殺し合うなんて、あんな悲惨なことは、どんなことがあっても避けないかん……。

流通革命は社会革命

−−中内さんの戦争観をうかがっていると、中内さんの言われていた「流通革命」という言葉、これは旧態依然とした流通業界のシステムの近代化をはかること、という程度の話ではなく、流通を通じての社会革命、といったスケールの大きな内容を射程にとらえていたのではないか、と思われてくるのですが。
中内  そうです。要するにね、簡単に言うと、大東亜戦争というものは日本が植民地経営に乗り出そうとしたことから始まっているわけやね。日本には石油がない。資源のない国がどうにかしようとしたら、19世紀から20世紀のはじめにかけては、帝国主義的な侵略と植民地経営しかなかった。日本は遅れて近代化した国で、その遅れを何とか取り戻すために中国や朝鮮半島、東南アジア各地への進出を画策した。そのためアメリカ・イギリス・中国・オランダによる、いわゆるABCD包囲網が敷かれ、身動きできずに自暴自棄となり、絶望的な戦争に突入していったわけでしょう。
  しかしもし流通網が全世界に広がり、うまく機能していれば、戦争なんかせずに、経済的な交流によって危機を回避できたはずでしょう。大東亜共栄圏のような経済ブロックなどつくる必要もなかった。世界中に飢えや貧困がなければ、戦争など起こらんわな。だから、流通を盛んにし、物流だけでなく、情報の行き来も、人の交流も増やして相互理解、相互依存を深めていけば、戦争という非常手段に訴えなくても危機を乗り越えられるはずでしょう。
  ところが生産を中心にすると、マルクスやレーニンが言ったように、大量生産がやがて過剰生産となり、恐慌がおこったり、あるいはその過剰生産物を消費するための市場を海外に求めて、植民地獲得のために侵略戦争を起こすという悪循環となってしまう。
  我われは、子ども時分にそれを目のあたりにしてきた。昭和初期の金融大恐慌のとき、失業者が町にあふれていた光景は今でも忘れられない。その失業者たちを救済するために、軍需産業に力を入れ、それで大儲けした財閥が軍部を支援して悲惨な戦争を起こしたわけでしょう。ドイツも第一次大戦、第二次大戦と、同じようなことをやったわけや。そんな悲劇を繰り返さんためにも、生産中心の仕組みを流通中心、生活中心に変えんといかんわな。
−−流通業も、単にモノを売りさばくだけでなくPB(プライベートブランド)の開発など、自ら生産に乗り出していってますね。これも、「流通が生産をコントロールする」という今のお話の延長上にある動きと考えていいのですか。
中内  メーカーはどの分野でもほっとくと寡占状態になってしまうわな。どこでもだいたい数社で市場を占めている。ビールにしたって、四社で市場を独占してるでしょう。そうなると寡占価格になり、物価はなかなか下がらない。これを打破するためには、我われのような大規模小売業が、メーカーに対する拮抗力=カウンター・パワーとして独自の商品を作っていく必要がある。そのためのチェーンストアなんでね、我われは。たとえばコンビニのローソンだったら、約6千店の店舗がある。ひとつの店舗が、一日におにぎりを100個売れば60万個さばける計算になる。おにぎりを60万個つくれる工場をもってたら、我われ自身が市場で価格決定する力をもちうるわな。

ボーダーレス化と情報社会

−−世界がボーダレス化し、しだいに国境がなくなっていくと、プラス面ばかりでなく、産業の空洞化が進むと懸念する向きもありますね。
中内  だから、視点を変えることが大事なんや。アジアの中の日本と考えれば、工場がアジア諸国に移っていったって、空洞化やないわな。今まで東京にあった工場が仙台に行き、仙台から青森に行ったのと同じで、それが上海へ行ったり、天津へ行ったりするだけのことや。日本は今、これだけ賃金が高いんやからね。労働力の安いところへ生産拠点が移動するのは、当たり前のことや。そうでなければモノはつくれない。日本が、海外から労働力の流入を本格的に認めりゃいいよ。だけど日本人は、外国人が入ってくるのを好まないからね。そうでしょ?  それやったら、工場を外へ持っていかなしょうがないじゃないですか。そんなもん、空洞化なんて大騒ぎする必要はない。東京から地方へ工場が移るとき、東京の空洞化なんて大騒ぎしよるか?  誰も言わないやないですか。
−−情報革命とともに、これから間違いなく情報革命も進行していくわけですが、インターネットひとつとっても、結局のところ、コンピュータの操作と英語ができないと話にならない。そうなると、ネットをうまく使いこなせる人とそうでない人との間で、ネットリッチ、ネットプアという格差ができるのではないか、という懸念もありますが……。
中内  そんなこと、その人の努力次第やないか。教育の機会は均等にあるわけやし、英語を勉強したらいかんという法律があるわけでなし、誰でも勉強したらできるんじゃないですか。僕なんかでも、学校で勉強したのは、60年前や。それでも、英語のボキャブラリーやったら、今でも若い人には負けへん。やっぱり勉強せんとしょうがないがな。競争の結果、差が出るのは当たり前やからね。機会は平等でなければあかんわな。せやけど、受験勉強の結果、東大へ入るもんもおれば、そうでない人もおる。日本は機会は平等や。田舎におるからとか、金持ちでないからいうて、東大を受けられへんわけではない。しかし、能力や努力に差があるのに結果が平等だったら、逆に困るわな。『別冊宝島』買うて勉強しとる人は、それだけ給料上がらないかん(笑)。逆に、カラオケやマージャンで遊んどる人は、給料が上がらんようにせんと、遊んどって給料がどんどん上がっていったら、これはおかしいんやからね。

生活者のための流通

−−経済のグローバリゼーションにしろ、「アメリカ並み」ということが、ひとつの基準になっていると思います。中内さんは常々「アメリカが師匠」と公言されてきましたが、現実の問題として、日本がアメリカ並みに規制が撤廃され、許認可もミニマムになり、「原則自由」の社会を実現することが可能だと思われますか?  あるいは何としてもそこまで持って行く必要があるとお考えですか。
中内  アメリカ並みになるかどうかはともかく、世界中が規制緩和・撤廃の方向へ向かっているわけでね、アメリカ自身もさらに規制の緩和・撤廃をすすめていくわな。日本がやろうがやるまいがこの流れは変えようがない。大事なことはやはり「信頼」やな。官僚が国民を信頼せんといかんわな。信頼すれば、規制の撤廃も難しいことではないし、国民も信頼を裏切らず、自己責任をもたなあかんわな。
  これは国と国との関係においても言えることで、世界中の国々がそれぞれ信頼しあったら、軍備なんて無駄な金、いらんやないですか。どこかの国が攻めてくるぞと不信感を煽って4兆円も、5兆円もかけて軍備をして、兵器産業を育成する必要はないんじゃないですか?  そんな無駄な金使うんやったら、国民の福祉とかに使うほうがずっとええやないですか。
−−日本も世界のほかの国々と同じにすべきという点、あるいは、「規制緩和」「行革」が必要だという点では、中内さんは先ほど話の出た小沢一郎さんと意見が一致しています。しかし小沢さんは、「普通の国」になるためには軍隊をもち、自国の安全保障に責任をもつべき、と主張してもいる。この点をどうお考えになりますか?
中内  あれはちょっとねぇ……。これだけは賛成というわけにいかん。僕も小沢さんに何回か会ったとき、直接本人に言うたけど、あんまり急にやらんほうがいいわな、こればっかりは。あの戦争からまだ50年しか経ってないんやからね。みんな、記憶に残っとるからね。やっぱり日本が本格的に再軍備することだけは控えんと。まだまだ不信感があるもの。まだアジアの国々から信頼されとらへんから、日本は。
−−それは「ゆっくりやるべき」ということですか?  つまり「いずれは」と。
中内  いいや、アジアの国々と一緒にやるならええよ。たとえばEUみたいに共同防衛ということならね。だけど日本だけが何のため、どこを仮想敵として軍備を単独で増強しなければならんのか。そうでなくても、日本の軍備費は世界で8番目くらいでしょ。これ以上軍備費を拡大したら、よけいな疑惑を抱くだけじゃないですか。
  日米安保も「堅持」する必要はないと思うね。必要だけど、最小限にとどめるべきやね。今の沖縄の問題でも、現在の規模の駐留軍が必要なのかどうか、それについては現在の状況をきちんと考え、検証する必要がある。
  当面の一番の問題いうたら、やはり朝鮮半島の問題となる。これを解決するには、やっぱり追いつめられとる北側の話を聞き、和解するように、もっていかないかんわな。新聞読んどっても、いたずらに緊張感を高めるような記事が目につく。なんか、南北が軍事衝突することを期待しとるような記事もたくさんあるやないですか。人が血を流すのを楽しみにしとるのか、これを機会に軍需産業を盛んにしてひと儲けしようと考える連中に与しとるのか。何にせよ、人殺しの武器を売る商人が活躍するのはたまらんわな。理想をいえば、貿易に占める兵器取引なんていうのはゼロにせんといかん。ロシアも中国もアメリカも、不透明な兵器取引を続けとるけど、そういうものはもっと透明にして監視せんといかんわな。生活者本位であるべき流通の中に、兵器が入ってくるのはかなわん。

  グループの総売上5兆円。従業員数10万人。その頂点に君臨する会長兼社長の中内功氏は、グループ内でCEO(チーフ・エグゼクティブ・オフィサー=最高経営責任者)と呼ばれている。そんなVIPとの「会見」となれば、さぞや広々とした豪華な会長室で、ふかふかのソファに身を埋めて、と誰もが思い浮かべるものだ。しかし……。
  取材当日、東京・浜松町のダイエー本社をたずねると、極端に飾りけを排した受付から、狭く素っ気ない会議室のような部屋に通された。何の変哲もないテーブルと椅子。紙コップに入れられたお茶。(ここは控え室なんだろうな)と思っていたら、約束の時間より5分ほど遅れて、いきなりCEOが入ってきた。挨拶もそこそこに、「CEO」は安物の、いやシンプルで機能最優先の椅子に座り、我われと同じく紙コップのお茶をすすりつつ、74歳とは思えない機関銃のようなスピードで喋り続けるのだった。
  95年1月、阪神大震災の直撃を受けて、約500億円の損失を出したダイエーを建て直すために、中内氏は財界の役職をすべて辞して、経営の陣頭指揮に当たると発表した。また、今年に入っても、ダイエーの苦境は続き、8月中間期の経常利益は、当初予想を52%も下回る60億円にとどまった。足下に火がついている。おそらく本当は「日本の将来」などという、悠長な話題を話す気分ではなかっただろうと推察する。
  ハッとさせられたのは、戦争にふれたくだりだった。中内氏の顔から笑いが消え、姿勢がにわかに改まり、口調から伝法な調子が消えた。その様子を目のあたりにしたとき、機会あるたび中内氏がつぶやいてきた言葉がふと思い出された。
 「戦地で死んだ戦友たちの無念を思うと、生き残った自分が申し訳なくて、靖国神社に参拝にいく気持ちにどうしてもなれん。誰がどう言おうと戦争だけはしたらいかん」
  この言葉は、口先だけのきれい事ではあるまい。どうあろうとゆずるわけにはいかない真摯な思いなのだろうと、居ずまいをただす中内氏の姿を見て、自然に得心がいった。
  誰よりも貪欲な実業家としての中内氏の「本音」が「商売第一」にあることは、当の本人が露悪的なまでに公言しているとおりであろう。しかし、半世紀の間、その「本音」に寄り添うようにしてきた「戦争だけはいかん。生活者本位の社会を実現しなくては」という祈りのようなつぶやきもまた、中内氏の偽らざる、もう一つの「本音」なのであろうと思われた。

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