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「日経トレンディ」 1990.Mar.

EAST MEETS WEST


ベルリンの壁崩壊で東へ流れ込む商品たち

東独市民は”西”で何を買ったか





ブランデンブルグ門をくぐり、豊かな西の消費生活を垣間見た東独市民たち。日用品、嗜好品、ハイテク製品、娯楽メディア・・・・・・。彼らは商品の購入を通じて、いったい「西」の何を手に入れようとしたのか。



 ’89年12月23日、ブランデンブルグ門が開かれたその日。東西ドイツの市民たちが、いささか上気したような表情で、東ベルリンのメイン・ストリート、ウンター・デン・リンデン大通りを行き交う。東ベルリンの市民が、西からの訪問者を歓迎してシクラメンをプレゼントしている。シャンパンをブランデンブルグ門の前であけ、回し飲みをして新しい時代の始まりを祝福している若者のグループがいる。門の下にロウソクをたてて火をともし、静かに祈る中年夫婦の姿もある。東独人たちは、門のそばの検問所に長蛇の列を作っている。彼らの多くは、これから西側の高度消費社会の初体験に向かうところだ。




1対15の交換レート まず買うのはバナナ



 東独では、西独マルクと東独マルクの交換レートは長らく1対1だった。むろんこんなレートは東独国外では通用しない。12月に入って対3に改められたが、それでも両国の経済力の実勢からはなおほど遠い。これは、東独内で、西独マルクを東独マルクに交換するときだけに適応されるレートであって、その逆は現実的には不可能である。西ベルリンでのレートは、1月現在で1対15前後であり、このレートが、両者の経済力をほぼ正確に反映しているといっていい。東独の労働者の平均賃金は月に約1,000東独マルク(以下EM)。彼らが1ヵ月分の給料を握りしめて西ベルリンへ出かけたとしても、60〜70西独マルク(約5,200円〜6,090円、以下DM)にしかならず、ほとんど何も買えない。
 したがって西を訪れる彼らが頼みとするのは、西独政府が振舞う、1人あたり100DM(約8,700円)の「歓迎金」なのである。検問所を越えた東独人たちは、銀行かあるいは市内のそこかしこに設置された移動式ペイ・オフィスの前に並び、1人1回限りの歓迎金を受け取る。
 100DMという金額は自国での月収と比較すれば決して少ないとはいえないが、きらびやかな西ベルリンのショーウインドーの前では十分とはいいがたい。中途半端な額の金を握りしめ、彼らは町を歩き回りながら逡巡を重ね、そしてとりあえずバナナを買う。
 西ベルリンの中心街に位置する高架鉄道、S−BAHNの「動物園駅」のゴミ箱は、いつもバナナの皮であふれている。駅前の果物屋の店主は、肩をすくめて苦笑する。
「東独の客が買うのは、バナナ、バナナ、バナナさ。それからオレンジとか、パイン、いちじくなんかだな」
 バナナは1kgあたり約2DM。壁が崩れてから東独人がこぞって買い求めたために、最近はやや割高になった。東独では外貨不足のため、南国の果物はほとんど輸入されることがないのだ。
 東独の新聞によると、歓迎金の使い途は、(1)果物・野菜 (2)嗜好品(コーヒー、キャンディなど) (3)洗剤、衣料などの日用品 (4)ラジカセなどの家電製品であるという。取材した限りでは、100DMの使い方には大きく2つのパターンがある。(1)〜(3)の品々を少しずつ買うか、バナナやチョコやTシャツをあきらめて、ラジカセを買うために100DMのほとんどを投下するか、そのどちらかである。
 人気のスーパーのひとつ「Bika」をのぞくと店内は東西両ドイツ人で賑わっている。
「白い、レースのついたこういうブラジャーは、東ドイツではあまり売ってないのよ」
 下着コーナーで、何の変哲もない白いブラジャーを手にとっていた、2人連れの40代の中年女性が、東西の差を説明してくれた。
「例えばTシャツは東では180DM、ところが西なら30DMで買える。190DMのジーンズがこちらでは50DMくらい。それに西の方がデザインもモダンだし、いつでも簡単に手に入るわ」
 一方で、チョコレートやキャンディなど、東独でも手に入る嗜好品の人気もなぜか高い。この疑問に、20代後半の東ベルリン在住の若い女性が答えてくれた。
「チョコレートはチョコレートよ。味や中身がそうたいして変わるわけじゃない。問題は放送なの。西側のきれいな包装紙であることが大事なわけ。そして食べてみてはじめて、あこがれていた物の中身がたいしてかわらないことを知る。そういうことよ」



日本製AVは高嶺の花 東西価格差で闇市も



 家電製品はメイド・イン・ジャパンの独壇場だ。日本製のAV商品に対する信頼は絶対的であり、SONYやらSHARPなどのブランドはほとんど神話化されている。だが日本製のヘッドホンステレオやラジカセは、欲しいけれども高くてなかなか手が届かない。歓迎金の100DMではとても無理だ。そのため、市内のディスカウントショップで、中国製や韓国製の安物を買うことになる。
 31歳のあるペンキ職人は、歓迎金を手にするとすぐその足でディスカウント店へ行き、中国製のラジカセを89DM(約7,700円)で買った。ワゴンに山積みされていた一番安い商品だという。それでも彼は「これで西独のポップスが聞ける」と嬉しそう。
 彼と一緒に歩いていたのは、炭鉱で働いているという34歳の男性と、その17歳の娘。娘は60DMで買った韓国製のヘッドホンステレオを手にして歩く。父親もオーディオ商品が欲しいのだが、お金を貯めて日本製を買うか、それともNIES製品を今すぐ買うか、迷っているという。
「東独にはRFTというメーカーがありますが、品質が悪いし、手に入りにくい。その上、高い。だからみんな西側へ買いに来るんです。ソニー、東芝、アイワ、シャープ・・・・・・。私自身はひとつも持っていないが、日本製がベストクオリティーだと誰もが知っている」
 繁盛しているディスカウントショップに立ち寄ってみた。中国人が経営しているその店の売れ筋はNIES製品。東独人の客もいるが、1人で難題も買って帰るのは、決まってポーランド人だ。
 東独の21歳のフンボルト大学生は、顔をしかめてこう言った。
「ラジカセを買ってゆくポーランド人の多くは、闇商売をして儲けているんです。自分の国や、あるいは東ベルリンで安く日用品や雑貨などを仕入れ、西ベルリンで闇市を開いて売る。その儲けでラジカセを買って帰り、本国で何倍もの値段で売るんですよ。東独ではただでさえ品物が不足気味なのに、彼らが闇商売を始めてから、いっそう物不足がひどくなりました」
 その言葉どおり、西ベルリンの、チェック・ポイント・チャーリー近くの空き地では、ポーランド人たちが早朝から露天のマーケットを開いて商売をしていた。



人気の米国映画 ポルノショップに行列



 文化もまた、商品である。例えば映画。西ベルリンでは今、東独人にかぎって入場料を半額の5DMにサービスしているため、どこの映画館でも東独人で満席状態。彼らはどんな映画を好むのか、西ベルリンの中心街にあるロイヤルパレスという大きなシアターの職員に尋ねた。ここは1館で5つものホールを持っている。
「一番人気があるのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』だね。『ブラック・レイン』とか『ゴーストバスターズ2』とか、アメリカの娯楽映画なら、何でもいい。でも本当に人気があるのはポルノ映画さ。セックス・ムービーだよ」
 映画ばかりではない。ポルノショップにも、昼間から長い長い列ができている。
 経済の資本主義化は、必ずや性の商品化をももたらす。事実、東独の一部にはすでにそういう兆候も現われている。12月からは雑誌『プレイボーイ』西独版が、東独でも一般に売られることになった。もちろん、ヘアも無修正である。昨年12月27日には、東ベルリン市内の高級ホテル、グランドホテルで、東独初のプレイメイトの発表会も開かれた。
 一方、音楽への関心も高い。西独のヒットチャートをそのままなぞるようにして、レコードを買ってゆくという。ロックファンを自認する、東独の25歳の青年は言う。
「東独では今まで情報が不足していたため、流行を追いかけて音楽を聴く習慣がなかった。だから自由化になって、どうやって流行にアクセスしたらいいかわからず、とりあえずみんな、西独のヒットチャートに追随してるんです」
 自分たちのおかれている政治的、社会的な状況に対する関心も、もちろん高い。
 セントラルにあるビデオショップ「フィルムカルト」では、10月7日の東独の建国記念日から、壁が開いた11月9日までのテレビ報道を編集したドキュメンタリー・ビデオが、東独人に大量に売れたという。1巻40DM。東独の人にとって、決して安くはない値段である。それに、東独のビデオデッキ普及率はきわめて低い。それでも売れるというのは、今まで情報統制下にあったことへの反動なのだろう。店頭のモニターにこのビデオが映ると、東独の客数人が身じろぎもせずに立ちつくして、モニターをじっと見つめていた。
 情報が商品として消費される時代に、東独の社会も半歩踏み出し始めたのだ。



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