「スポーツ批評」4 1987 窓社
テコンドーって知っている? 見たことある?
そう訊いて、自信をもって「うん」とこたえる人には、まずめったにお目にかかれない。もっとも最近ではソウル・オリンピックについての情報が増えてきているので、テコンドーが"空手によく似た韓国の格闘技"であり、"ソウル・オリンピックにオープン種目として初参加することが決定している"とこたえられる人も、いなくはない。
だが、そんな人のうち、実際にテコンドーの試合を目のあたりにしたことがあり、ヴィジュアル・イメージを即座に脳裏に描ける人がどれだけいるかといえば、これはきわめて少数である。
それも無理はない。日本国内にテコンドーの専門道場は、わずか20カ所あまりしかなく、大学の体育会のクラブは一つも存在しない。日本国内の競技人口は、女子や少年を含めても約3千人どまり。空手が数十万とも百万ともいわれる競技人口を国内に抱えているのと比較すれば、いかにマイナースポーツであるかよくわかる。
しかしこれは、日本国内だけの話である。世界においては、この図式は見事に転倒する。テコンドーの国際組織は、韓国系のWTF(世界テコンドー連盟)と、北朝鮮系のITF(国際テコンドー連盟)の二つが存在し、それぞれ3千万人(WTF)、1千5百万人(ITF)の競技人口を抱えているが、空手の法は「連盟に加盟していない流派もあわせて、世界中で3千万人くらい」(全日本空手道連盟の関係者の話)であり、数においてテコンドーの方がすでに空手を上回っているのである。しかもこの比較はあくまでも公称の数字によるものであって、実勢においてはもっと開きがあるのだ。
たとえばアメリカなどでは、「KARATE」の看板が掲げられた道場があったとしても、それを額面どおりに受けとるわけにはいかない。入口のドアを押して練習風景をのぞくと、壁に韓国の国旗を掲げてテコンドーの練習をしているシーンにたびたび出くわすからである。インストラクターに、
「テコンドーを教えているのに、なぜカラテを名乗るのか」
と質問すると、悪びれもせずに、
「カラテという言葉は、テコンドーをはじめとしたマーシャルアーツ(格闘技)の総称だからです」
と胸を張るのだから面くらう。
アメリカの武道事情に詳しい、日本テコンドー協会(WTF系)と島田明男元本部師範はこう解説する。
「東洋の武道の中で、空手が最も早く欧米に渡ったため、突き・蹴りの格闘技イコール空手というイメージが強いんです。
ですから、テコンドーを教えていながらも、いまだにカラテを名乗っている道場がたくさんある。テコンドーがアメリカに入ったのは1960年代ですが、急速に普及していって、今では全米の武道人口のうち、70%はテコンドーです。私が渡米して最初にテコンドーを知った頃は、まだ50%ぐらいでしたんですがね。
テコンドーはそれほど人気があるんです。そのことを知らないのは、おそらく世界中で日本人だけじゃないでしょうかね」
日本ではマイナーだが、世界においては堂々たるメジャースポーツのテコンドー、その特徴は、空手に比べて足技を重視している点にある。蹴り技は華麗にしてスピーディーで、その種類も豊富である−−といっても一般の読者にはどのようなものか、今ひとつピンとこないことだろう。テコンドーを人に説明するときには、ブルース・リーをひっぱりだすのが、一番てっとり早い。案外知られていないことなのだが、ブルース・リーがスクリーンで見せた鮮やかなアクションは、テコンドーの影響を色濃く受けているのだ。
ブルース・リーが敵と対峙しているシーンを、ちょっと思い出してほしい。彼は半身になって構え、前後のステップを使いながら、敵の蹴りをステップバックしてかわし、次の瞬間、飛びこみながら前足でサイドキック(足刀横蹴り)、そして反転して後ろ回し蹴りで相手を吹っ飛ばしていたはずだ。あの華麗な蹴り技の技術、特に後ろ回し蹴りは、空手でもカンフーでもなく、テコンドーのテクニックなのである。テコンドーそのものを知らないでも、実はブルース・リーのスクリーン上でのパフォーマンスを通じて、その足技の魅力の一端には触れていた、というわけである。
ブルース・リーは、御存知のとおり、香港生まれの中国人であるが、テコンドーをはじめとするカンフー以外にも、空手、ボクシング、キックボクシング、テコンドーといった各種格闘技を研究したといわれる。そしてそれらの中から最も美しく、最もダイナミックな技を選び出してアクションを構成していった結果、足技ではテコンドーのテクニックが多用されることになったのである。
つまり、非常におおざっぱな言い方になるが、様々な格闘技の中でも、きわだって美しく、魅力的な足技をもつのが、テコンドーであるといえるだろう。
そして実は、この「美しい」ということが重要なポイントなのである。テコンドーは「美しい」がゆえに、人の心をとらえ、欧米をはじめ全世界に急速に普及してゆき、競技人口において他の格闘スポーツを追い抜いていったのだ。再び、前出の島田氏−−。
「武道としての実戦性となったら、日本の空手は凄いですよ。あの正拳突きは、きわめて破壊力があります。私はテコンドーを始める前は、空手をやっていたのでよくわかる。しかし、テコンドーを実戦性の面から日本の空手と比較してもしようがないんです。テコンドーを、日本流の武術ととらえるのは、ちょっと違う。純然たる競技スポーツなんです」
テコンドーの試合は、頭にヘッドギァー胴にプロテクターをつけておこなわれる。突きは顔面への加撃が禁止され、ボディのみに限られているが、実際の試合ではボディへ突きをきめてもたいしたポイントにならず、勝負はもっぱら足技で決着がつく。蹴りは、腰から下への、いわゆるローキックは禁止されているが、顔面への蹴りは認められており、そのため必然的に足を高く上げる蹴りが多くなり、派手で見栄えのする試合展開となる。テコンドーの足技が発達したのは、この競技ルールの設定によるところが大きい。
「テコンドーは、いわば足でやるボクシングなんです。空手と違って寸止めではなく、実際に当てるから誰が見てもわかりやすいですし、足技主体のため試合が派手で面白いんです。テコンドーは武道としての実戦性を多少犠牲にしても、スポーツとしての面白さを追求していったんですよ。これは競技人口を増やすための、韓国の戦略、国策なんです」
韓国の国策とは、言わずもがな、オリンピックをにらみすえてのことである。そもそもテコンドーが誕生したのは、朴政権下の1940年代のこと。朝鮮半島に古来より伝わるテッキョン、ソベといった民族武術を、韓国の崔泓X(チェ・ホンヒ)陸軍少将(当時)が、武道スポーツとして体系化・近代化したのがはじまりである。崔氏は、いわば柔術を近代化して柔道にまとめあげた嘉納治五郎に相当する人物なのであるが、その後彼が北朝鮮に亡命したため、テコンドーにも"南北分断"がもちこまれることになった。国際組織がWTFとITFに分かれているのは、そこに起因する。
ITFのテコンドーは、崔氏がつくりあげた初期のテコンドーの姿をそのまま伝えており、こちらは武道色を今も濃厚にとどめている。試合は組手だけではなく、型の演武と試し割りも同時に行われ、その三つの総合得点で争われる。組手において顔面突きが許される点も大きな特徴である。
それに対して、韓国のテコンドーはオリンピックへの参加を目標に、一直線にスポーツ化への道をひた走ってきた。何よりもまず、世界への普及度において先行している空手に、早く追いつかなくてはならない。もし空手が先にIOC(国際オリンピック委員会)に承認されることになれば、きわめて類似した競技であるテコンドーのオリンピック参加は、遠のいてしまう。
そこで韓国はテコンドーのスポーツ化をおしすすめると同時に、国家的なバックアップのもとで指導者と選手を育成し、財政的援助を惜しまずに海外への普及につとめた。その結果、1970年の時点で、統一組織をつくり、世界選手権の開催を達成していた空手に対し、テコンドーはじりじりと追い上げていき、73年に世界大会を開催、80年にはIOCに加盟し、昨年のアジア大会で正式競技として採用され、来年のソウル五輪ではオープン種目として登場するところまでこぎつけたのである。空手のほうはといえば、世界大会の開催はテコンドーに先行したものの、IOCへの加盟は6年遅れ、オリンピックどころかアジア大会の種目にすら採用されていないのが現状である。
武道としての実戦性を犠牲にしても、スポーツとしてのわかりやすさ、面白さを追い求めていった韓国の戦略が、伝統に固執する日本の空手を引き離してしまった。−−。こう結論してしまうと、日本の空手関係者には面白くないだろうが、しかしこれはゆるがしがたい事実である。
スポーツは何よりもまず、快楽をもたらさなくてはならない。これは鉄則である。制限付きの直接打撃性をもちこむことで、見るものの美意識をくすぐり、選手に安全な形で思い切り打ちあう爽快さを提供することに成功したテコンドーは、その快楽原則により忠実であったといえるであろう。この点は、空手関係者のみならず、広く日本のスポーツ指導者・選手がかえりみなくてはならないポイントではないだろうか。
ともすれば日本のスポーツマンは、快楽よりも求道ストイシズムを選びとる傾向にある。それを日本の国民性であるとか、文化的風土であるといってしまえばそれまでだが、ストイシズムは短期的にはともかく、長期的には快楽原則の前に敗北する運命にあるのだということを、もう一度再認識するべきであろう。
楽しいからこそ、スポーツなのだ。そのことを忘れてはなるまい。
※「テコンドー」は、掲載時は「※拳道(※は足ヘンに台)」という漢字表記でしたが、WEB表記はすべてカタカナで統一しました。