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医事評論家・水野肇氏インタビュー

「医師性善説」に立つかぎり、日本の医療は変わらない


「すべての医者はヒポクラテス、すべての患者はソクラテス」
日本の医師法は、医者は悪事を働かないという、
現実離れした理想論に立っている。




岩上 今年(97年)9月から、保険財政の赤字を理由に保健医療費における患者の自己負担比率が大幅にアップしました。今までのシステムでは保険財政は近い将来、確実に破綻するといわれており、「やむをえない」という気分が、この実質的な医療費値上げを受け入れた国民の間にもある。
 しかし、割り切れない思いもないではありません。7月に、乱脈診療を続けてきた大阪の安田病院の安田基隆院長が逮捕され、2年間で約20億円にも上る多額の診療報酬を不正受給していたことが明らかになりました。規模の違いはあれ、同様の不正行為を行っている医師や医療機関は、少なくないのではないか。そういう疑念があります。
 経済は長期にわたって成長が続き、少子・高齢化の傾向にも変化の兆しは見られない。こういう時代を背景に、40年近く前にスタートした国民皆保険に基づく保健医療制度も、見直す必要があるという議論は理解できる。しかしその「改革」が、患者であり、被保険者である国民に負担を負わせるだけで、一方の当事者である医師の側にはきわめて甘いものであることに、不満と不信感を抱いている人は少なくないと思われます。
 どうして、悪徳医師がこうもはびこっているのか。にもかかわらずなぜ医師に対する処分はきわめて甘く、彼らの既得利権だけは守られるのか。また、どのように改革すれば医療の質が落ちず、不正が起きにくく、財政破綻も招かない医療制度を作り上げられるのか。厚生省の審議会の委員も務め、医療問題の政策づくりにも関わっておられる水野さんのご意見をうかがいたいと思います。



不正請求と医療費負担増



水野 医者が事件を起こすたび、新聞や雑誌の記者から電話がかかってきて、「こういう事件を起こした医者がいるが、どう思うか」とコメントを求められるんです。しかし、どう思うも、こう思うも、悪いにきまっとるわけです(笑)。医者であろうがなかろうが、誰であれ、そういうことをしてはいかん、という一線があるでしょう? そういう一線を踏み越えた医者の事件があまりに多い。良いか悪いか、解釈の余地があるケースならばともかく、法に触れることかどうか、小学生でもわかるような事件があまりに多すぎますね。安田の事件にしてもそうです。保険点数のごまかしがよいか悪いか、誰の目にも明らかじゃないですか。
 あなたが言われる通り、日本の現状を考えると保健医療制度を含めた社会保障制度は、このままだと破綻してしまう。90年代に入ってバブル崩壊後、ずっと景気は低迷している。この現象は一時的なものと思いたいですが、あるシンクタンクの予想では、21世紀に入っても景気が好転する見通しは立たないと言う。2005年ごろまでは、経済成長率はよくえ2パーセントで、悪ければマイナス成長の年もあると予想されています。そうなれば当然、財政は逼迫(ひっぱく)し、社会保障制度は危機に陥るでしょう。
 一方、日本社会の高齢化は世界でも例のないスピードで進行しており、2020年頃には総人口に占める高齢者の比率は25パーセント近くになるものとみられている。少子化も問題です。高齢者も増えて社会保障費は一層増えるというのに、若い労働人口は減る一方なのですから。特に年金制度はこのままでは完全に破綻してしまう。
 ソ連の崩壊以後、社会主義的な製作はすべて駄目と批判され、自由主義礼賛の声が強くなり、社会保障制度も槍玉にあげられることが多くなりました。しかし、戦争に明け暮れた20世紀の100年間で、後世に残しうる人類の文化遺産はいったい何かといえば、私は第一に社会保障政策であろうと思うのです。人心を安定させ、経済成長にもプラス効果をもたらし、社会連帯責任という思想を定着させた功績はきわめて大きい。この文化遺産を、21世紀にも残す努力をしなくてはならないでしょう。
 しかし、この制度は危機に瀕している。まず、制度を支えるべき国が約240兆円もの借金を抱えている。各地方自治体の借金も、合計すると160兆円にのぼる。旧国鉄などの債務もある。これらすべてをあわせると500兆円にもなります。この借金は、放置しておけばすべて我々の子孫にのしかかることになります。そういうことは、あってはならない。
 一方、恐ろしいことに、人口の高齢化がピークを迎える2025年には、社会保障費は約211兆円かかると予測されています。その内訳は、保健医療費が96兆円、年金が93兆円、福祉が21兆円です。経済は低成長、借金はある、しかし社会保障費という支出は膨れ上がる一方というわけです。
 この危機を乗り越えるには、どうしたりいか。考えられる対策は、3つくらいしかありません。
 第一に、増税。第二に、患者の自己負担比率や、健康保険料、年金保険料などを上げる。第三に、サービスの供給体制のムダを省き、効率化をはかる。この3つです。
 第一の増税は、日本の政治風土の中では抵抗が大きく、なかなか難しい。第三の効率化は、議論の端緒が開かれたばかりで、まだまだこれから論議を積み重ねていかなくてはいけない。結局、一番着手しやすいのは、第二の負担増です。今年の4月はじめに与党がまとめた医療保険制度改革の基本方針でも、審議の中心となたのは、第二のポイントでした。9月から自己負担率がひき上げられたのは、そうした経緯によるものです。
 しかし、この自己負担増と安田病院のような不正受給事件とを結びつけて語るのは、難しい点もあります。安田病院事件は、何といっても安田個人が悪い。従って、あの事件を取り上げて医師全体の問題に一般化するのは適切かどうか。不正請求がどれくらいはびこっているかはわかりませんが、その取り締まりを強化することで、どれだけ保健医療財政の収支が改善されるか、疑問もある。
 また、医者が引き起こした不祥事は、確かに数多いけれども、薬害事件から不正請求まですべてひとくくりにして、「医者が悪い」と決めつけるのは非常に危ないと思う。それぞれの事件は、全部違うと言っていいくらい、中身が違うんですからね。

岩上 安田病院の事件ひとつを取り上げて、安易に一般化してはならないというご指摘は、その通りだと思います。しかし、この事件の分析を通じて汲み取るべき教訓もあると思うのです。安田系列3病院の規模は、日本のすべての医療機関の全病床数のわずか0・07パーセントにすぎない。その程度の規模の病院が、年間に約10億円もの不正請求を行っていたにもかかわらず、定例の医療監視では職員の水増し工作が見逃され続けていた。不正摘発のメカニズムは、事実上機能していなかったわけです。
 こうした現状に疑問を抱き、現役の指導医療官や、レセプト審査に携わっている医師たちに取材を重ね、「保健医療費27兆円のうち、約3割=9兆円は不正請求の疑いがある」と書いたら、日本医師会や日本歯科医師会から猛烈な反発を受けました。私の記事を載せた『世界』の版元である岩波書店にも、社長あてに、会の幹部の名前による抗議文が届きました。それだけでなく、私の記事を論壇時評で取り上げた各新聞社や通信社に対しても、会をあげて圧力をかけている。異常な反応です。よほど、不正請求問題には触れて欲しくないらしい。
 医療制度改革を論議している人々の問題にも、不正請求の横行についての問題意識が欠けています。厚生大臣の諮問機関である医療保険審議会が出した制度改正の建議書には、不正摘発メカニズムの強化や見直しについては、ほとんど触れられていません。これは、やはりおかしい。水野さんのお話にあった、改革のための施策のうちの第三のポイント、医療サービスの効率化をどうはかるか、という点を考えたときに、最も有効でかつ大多数の国民のコンセンサスをえられる方途は、不正請求の摘発強化だと思うのです。
 「不正請求は9兆円」という数字が、仮にオーバーだとしても、その10分の1でも9,000億円です。この金額の半分でも摘発し、回収できたら、健保財政は劇的に改善されるだろうと思います。政管健保の年間の赤字は4,050億円といわれていますが、その額に匹敵する赤字の穴埋めができるわけですから。
 また、水野さんがおっしゃられたように、医師が起こした事件をすべてひとくくりにして論じるのは確かに大雑把すぎます。しかし、そこには共通点も見出せる。事件を起こした医者に対する行政処分が、非常に甘いことです。なぜ高いモラルを要求されるはずの医者が、かくまで甘やかされているのか、まったく理解できません。



すべての医者はヒポクラテスか?



水野 最も根本的なことを言うと、日本の医療制度というのは、基本的に「医者は悪いことはしない」という前提に立って組み立てられているんですよ。医師法からして、そうなっている。亡くなられた東畑精一先生が、「すべての医者はヒポクラテス、すべての患者はソクラテス」という言葉を残しておられる。まさに、この言葉の通りなのです。
 ヒポクラテスというのは、ギリシャの名医で、医者としてこれくらい立派な人物はいないといわれています。ソクラテスは皆さんご存じのように、筋を通した立派な哲学者ですよね。ですから、医者も患者も、どちらも悪いことなんかするはずはない、ということになっているわけです。
 医師法をお読みいただけばわかりますけど、医者が悪事を働くこともある、という前提は何もない。立派な人物だけが医者になることを前提としているわけです。健康保険法もそうです。なぜ不正請求が横行するのか、というあなたの問題提起に対しては、医師法や健保法が「医師性善説」で成り立っているから、と答える他はない。
 現実には、「医師性善説」は成り立たない。教員や警察官にだって、悪いやつはいっぱいおる。同じ様に、医者の中にもとんでもない奴がいるのは、当たり前のことなんです。「すべての医者はヒポクラテス」という前提は、理想を説いたものであって、現実離れしている。しかし、医療は、医者と患者の間に信頼関係がなければもともと成り立たないもでもある。お互いに「あの野郎」なんて思っていたら、何もできなくなる。ここが難しいんです。

岩上 医師だけが「聖職者」であるかのような考えは、時代錯誤もいいところで、早急に改めるべきでしょう。とはいえ、医師法の改正となると容易なことではない。目前に解決すべき課題が山積みにされていますから、後回しにされてしまうのでしょうね。

水野 そうですね。厚生省としたら、それどころじゃない。来年度予算で、医療費を4,000億円も削らなきゃいかん。今の厚生大臣の小泉純一郎さんも、頭を痛めてる。「4,000億円、どこから取ってきたらいいかねえ」と僕に会った時にも言ってましたからね。そうなると、背に腹はかえられない。不正請求をやってる連中を切っていこうとなる。あなたは「まだまだ甘い」と言うかもしれないが、以前と比べると、今年に入ってから格段に厳しくなりましたよ。

岩上 大蔵省が、厚生省の尻を叩いて医療費削減を迫っているという側面もあるのですか?

水野 外から見ていると、たしかにそう見えるかもしれない。しかし、厚生省も事態の深刻さを理解していると思いますよ。

岩上 数々ある医者の「犯罪」の中でも、保健医療費の不正請求が重大な問題だと思われるのは、二つほど理由があります。
 第一に、覚醒剤の乱用や美容外科医の麻酔レイプ事件などと違って、センセーショナルではないものの、医療経済全体を蝕(むしば)むものであること。
 第二に、医師の犯罪を警察や検察の力を借りずに厚生行政が監視していこうとした時、保険以外の分野ではほとんど切り込めないことです。安田病院事件でも、寝たきり老人患者や精神病患者に対する虐待は凄まじいもので、世の耳目はそちらに集まりました。しかし、大阪府の医療対策課は、こうした状況をずっと黙認してきました。保険の問題が突破口になって、患者の人権問題にもようやくメスが入れられたわけです。そうした点から考えても、不正請求の問題はないがしろにすることはできないと思うのです。

水野 保険の請求のシステムは、原則的には医師が自分でやった医療行為を自己申告すれば、ほとんどすべてカネになるようになっているわけです。ですから、やってもいない医療行為を「やった」と申告しても、それはよほどのことがない限りわからんわけですよ。レセプトの審査なんて、1枚あたり7秒くらいしか見ませんからね。
 そういうシステムが問題だと言うならば、もう保健医療制度を根本から変えなくては駄目です。方法はないことはない。賛成してもらえるかどうかはわかりませんが、償還制を採用することです。つまり、患者が医者にかかった場合、診療費はまず全額その場で払う。そこで、診療内容が書かれた明細をもらい、それにもとづいて各自が保険者(各健保組合と国および市町村)に請求するのです。こうなれば、患者自身が診療の内容をチェックすることができて、やってもいない診療行為を請求する架空請求などは不可能になります。
 しかしこの方法は、おそらく国民が反対するのではないか。今まではややこしい事務手続きを踏まなくてもよかったし、最初に現金を払う必要もなかったんですから。国民にしてみれば非常に楽だったわけです。

岩上 お話しをうかがった限りでは、償還制は非常に合理的なシステムだと思いますが。

水野 僕は、将来的にはそういう方向へ向かっていくのではないかと思っています。何しろ、医療制度に無駄なカネ−−おっしゃるような不正請求を含めて−−をかけられるゆとりなど、どこをどう見てもないわけですから。
 また、今の保険制度は、大企業中心の組合健保と、中小企業を対象とした政管健保と、個人や零細業者のための国保とに別れています。各保険制度に格差があり、国保の被保険者などは、組合健保の被保険者に比べ、負担が大きく、ずいぶん不利な仕組みになっている。こうした不公平も、いつかは解消され、国保一本にまとまることになると思われますが、それも先になるでしょう。何しろ、各保険制度には、それぞれその成り立ちに歴史がありますからね。一筋縄にはいきません。



3割の「欲張り村長」



岩上 日本の保険制度は、どういう歴史をたどって、現在のような形になったんでしょうか。

水野 歴史すべてを話していたら、日が暮れますが(笑)、かいつまんで言いますと、そもそもの出発点は、言い方が悪いかもしれませんが、カネのない人が病気になると、その一家は全滅してしまう。そういう悲劇を防ごうというのが、健康保険の始まりなわけです。
 日本では、今から約70年前に、健康保険制度が始まりました。その後、昭和10年代になると、富国強兵という国策の要請が強くなる。兵隊が強くなければならない。カネがないために医者にかかれず、病気になるようでは、「強兵」は達成できない。簡単に言ってしまえば、これは当時の流行病である結核対策でもありました。
 終戦になり、世の中すべてがひっくり返って、やり直しとなった。医療制度も大きく変わりました。それまでは、ある程度裕福な人は、健康保険には加入しなかったんです。保険は貧乏人が入るものと思われていたわけですね。
 また、医者の方も、金持ちからはカネをとるが、貧乏人からはとらなかった。「赤ひげ」のような「医は仁術」という気風が、まだまだ残っていたんです。
 ところが戦後になり、狂乱インフレのもと、相対的に豊かな階層も、医者に高い金を支払う余裕がなくなってきた。貧乏人はなおさら払うカネがない。そこで「このままじゃいかんのじゃないか。国民が皆健康保険に入れるようにすべきじゃないのか」ということで、61年(昭和36年)から国民皆保険になり、同時に国民皆年金にもなったわけです。
 それ以来、医者のあり方は大きく変わりました。それまでのように金持ちからはおカネをいただくが、貧乏人からはいただかないということはなくなり、必然的に「医は仁術」という気風も廃(すた)れていきました。
 だいたい、皆保険になれば、保険の掛け金が払えるかどうかという問題はあるけれども、掛け金を払える限り診療費は一律で、原則的に金持ちと貧乏人という差異はなくなってしまったわけです。貧者の救済は社会保障制度の目指すところですから、これはこれでたいへんよろしい。しかし同時に、それまでの医者がもっていた気概や美風が失われてしまったという側面もある。
 ですから、不正請求がなぜ横行するのか、という問題については、極論すれば「健康保険制度があるから」という答えになる。健康保険制度がそもそもなければ、不正請求もありえないですからね。

岩上 架空請求や水増し請求を行う医者の姿とは、まさしく「戦後」の産物、というわけですね。今まさに、政治から官僚制度、金融システムに至るまで、戦後に確立されたシステムすべてが見直しを迫られています。「失敗は成功の母」ならぬ「成功は失敗の父」といいますか、戦後日本の繁栄を支えてきたシステムが制度疲労をきたしており、有効に機能しなくなっている。そうした大きな時代の流れの中に、「保健医療制度のもとの医師」も含まれるということですね。

水野 もうひとつ、なぜ安田のような医者が登場するかといえば、医者の育成システムの問題がある。安田の世代には、臨時医専の卒業生が多い。あの手の、戦時中に臨時医専に通い、戦後に世の中に出てきた医者の中に、保険制度を極端に悪用する連中が多いといわれているんです。
 臨時医専というのは、戦時中に軍医を大量生産するために全国各地に急造されたんですよ。この臨時医専が、今はあちこちにある国立大医学部の出発点となっているんです。広島大もそうだし、徳島大も鳥取大もそうです。
 それ以前は、旧帝大の8校と、旧姓六医大の合計14校しか医科大学はなかったんです。旧姓六医大とは、単科の医科大学で、これは千葉大、金沢大、新潟大、岡山大、長崎大、熊本大の6校です。これら国立大以外には私立の慶応大、日本医大、慈恵会医大など歯科医大はなかったわけです。
 医大の他には、医専というのがあった。岩手医専とか、東京では昭和医専とか東京女子医専とかね。東京女子医専というのは現在の東京女子医大です。今の東邦大医学部は、昔は帝国女子医専だった。
 医大と医専の違いは、医大は予科に3年行って、学部4年です。医専は旧制中学を出てから4、5年で卒業できて医師の免状をもらえたんです。臨時医専に至っては、さらに年限短縮で皆3年で卒業して免許をもらった。軍医をたくさん作るためです。言葉は悪いが、こうやって粗製乱造した医者の中に、質のよくない医者がいると、亡くなった元医師会会長の武見太郎が、生前によく言ってました。

岩上 武見さんは、生前に「医師の集団は三分の一は学問的にも倫理的にもきわめて高い、三分の一はノンポリ、残り三分の一は欲ばり村の村長さん」という言葉を残していますね。

水野 三割が「欲ばり村の村長」かどうかわかりませんが、仮にそうだとしたら、本当にその医師個人に問題があるのは一割程度で、残り二割はまわりの環境がそうさせているのではないか、と思いますよ。



あまりにも甘い医者の処分



岩上 そうかもしれません。医者も含めて、人間は弱い生き物ですから、罪を犯しても罰せられることがなければ倫理観がマヒしてしまうところがある。深刻な問題だと思われるのは、問題医師の行政処分を事実上決めている、医道審議会のあり方です。審議の結果をみると、一体何を基準にして審議しているのか、首をひねりたくなる。

水野 審議の明確な基準は、ないんじゃないかな。あえていえば、「常識」でしょうね。

岩上 「常識」ですか(苦笑)。

水野 いや、常識というのは、必ずしも悪いことではないんですよ。常識的に正しければ、その判断も正しいこともかなりあるわけですからね。

岩上 おっしゃることはわかります。しかし、医道審が「常識」にのっとった処分を下しているかどうかは、大いに疑問があります。

水野 医道審というのは、昔は武見太郎が会長をやっていたんです。あそこで審議されて、非常にきつい、厳しい処分が下されるのは、刑事犯罪者ですね。それから保険請求のインチキ。それ以外は、わりあいとゆるい処分になる傾向がありますね。

岩上 刑事犯に対して厳しい処分が下されるという見方は、どうでしょうか。治療用の麻薬を自分で注射して中毒になった医者が、医業停止2ヵ月や3ヵ月程度の処分ですまされています。医師法の第4条に、医師の欠格事項として「麻薬、大麻、あへんの中毒者」と明記されているにもかかわらず、です。
 山口県の南崎良男という医師は、自分の妻が結婚前に交際していた男の経営する工場に放火するという凶行を犯している。にもかかわらず、医業停止3ヵ月の処分です。
 オウム真理教の信徒だった林郁夫と林りらの夫婦は、二人とも医者の立場を悪用して、犯罪を重ねていました。地下鉄サリン事件の実行犯として公判中の林郁夫は、医道審の処分が下される前に、自分から医師免許を返上しています。しかし、目黒公証役場事務長の仮谷清志さんを拉致した実行犯の松本剛の指紋切り取り手術を、森昭文というオウム信徒の医師とともに行った林りらは、自ら医師免許を返上したわけではないため、医道審の処分が96年3月に下された。その処分の内容たるや、医業停止3年です。殺人カルトに関わった医師が、99年には患者から「先生」と呼ばれる身分に戻ることができる。「常識」的に考えて、おかしいと思いませんか。

水野 オウムの医師たちの処分については知らなかったが……それはおかしいね。

岩上 医師法では、「罰金刑以上の罪」に問われた者も、医師免許取消となるとされている。ところが、一度ならず二度までも刑事犯罪に問われながら、医師免許取消にならない医師もいる。東京都豊島区の大塚美容外科石井クリニックの石井秀忠院長は、84年に大麻の不法所持で逮捕され、医業停止8ヵ月の処分に付されていますが、5年後にはハワイから大麻を持ち込もうとして、再び大麻取締法違反と関税法違反で逮捕された。
 大麻所持での逮捕は2度目で、常用の可能性もきわめて高い。ところが医道審が下した処分はまたもや医師免許取消ではなく、医業停止3年でした。これでは「麻薬がらみの犯罪に対して、医道審は厳しい処分を下す」とは、到底いえないでしょう。
 もっと問題なのは、取り消し処分となった医師の約3割が、その後に免許の再取得を許されていることです。わいせつ行為を行ったある歯科医師などは、免許取消処分からわずか5ヵ月で、再取得している。いったいこれでは行政処分の意味は何なのか、わからなくなります。
 医道審の判断基準は、「常識」であるという。常識とは何かというと、これは共有化された情報の長年の積み重ねでしょう。ところが医道審というのは非公開でしょう?

水野 情報公開されていませんね。

岩上 それでは、医道審のプロセスが、常識として定着してゆくことは難しい。まして、医療界の外部の一般社会常識に照らしてみて審議内容が妥当かどうか、検証の使用がありませんね。審議委員には医師会会長をはじめ、医師側のお偉方が並んでいて、身内が身内を裁く形になっている。そこには情実が入り込む余地がある。もっといえば、袖の下で結論が左右する可能性すら、考えられるわけです。そう疑われても仕方がない。「李下に冠を正さず」とのたとえでいえば、いらぬ疑いを抱かれないよう、審議内容は完全公開すべきです。医師に対してこんな甘い処分が続いて、その一方では国民に対して負担増を要求する。これでは国民の理解が得られるわけがない。



ファミリードクターを充実させよう



水野 僕は役人の代弁者ではないが、もし厚生省の役人に聞いたとしたら「いや、役所は裁判所とは違いますから」言って逃げを打つだろうと思うね。実際、役所が監督するのには、限界があります。だいたい医道審議会というものは、「すべての医者はヒポクラテス」という前提に成り立っている現行の医師法では、その存在自体、法的な根拠づけは難しいと思いますよ。本当ならば、根本的に医師法を、「医師も悪いことをすることがある。その場合は厳正に処罰する」という規定に改めなくてはいかん。しかしそのための法改正となると、これまた厄介で、実現はたいへんでしょう。目前の課題がありますから、あんまり悠長なことは言っていられない。現実的な施策としては、アメリカのように医師免許を更新制にすることも一案として考慮に価するでしょう。
 しかしそれよりも大事なことは、入り口をどうにかすることですね。おかしな人間には医師免許を与えないようにすることです。

岩上 医学部での、モラル教育を徹底するということですか。

水野 いや、大学に入ってからでは遅すぎる。モラル教育をやらないより、やった方がましでしょうが、人格教育というのは、大学に入る年齢から施しても効果はありません。それより、入口で落とす方が効果ある。
 具体的には、○×式のペーパーテストだけではなく、口頭試問を入試に取り入れることです。これは、医師免許国家試験も同様です。口頭試問で、医学知識を問うのではなく、その人物の人間性を見るようにするんですよ。そして複数の試験官のつけた採点のうち、最高点と最低点を切り捨てて、残りの平均点を得点とするのです。
 だいたい今は、偏差値最優先で、勉強だけできる秀才ばかりが医者になる。これは問題が多い。昔は、その点はましだった。旧制高校では、ゆっくり人格修養を積む時間もとれましたし、そもそも理系で勉強のできる奴は、医科へ行かず、理科や数学科へ進んでいましたから。
 だいたい患者からみて、最も好ましい医者像というのは、勉強だけはできて、医者の狭い専門知識にはくわしいが、人間味を欠いているような人物ではないはずです。最も望まれるのは、臨床医として広い知識をもち、患者と接する時のケアの仕方まで十分訓練を積んだジェネラリストのファミリードクターなんですよ。
 日本の医療の問題として、患者が誰も彼もいい病院のいい医者にかかりたがるという傾向がある。いい病院とは、要するに大病院のことです。ヨーロッパでは、大病院でなくては治せない病気の患者は、全患者数のわずか8パーセントでしかない、という統計がある。そのためスウェーデンなどでは、まず地域の診療所のかかりつけ医師に相談し、その医師の判断で大病院なり専門病院でみてもらう必要があるという場合のみ、紹介状を書いてもらって大病院にかかることができるシステムになっている。紹介状なしにいきなり大病院へ出かけた場合は、ペナルティーとして高額の診察料をとられるんです。

岩上 ファミリードクター制度の充実は、賛成です。私事で恐縮ですけれど、私の母親は高齢と難病のため、寝たきりなのですが、m定期的な往診をお願いしているドクターと看護婦さんは、とても親切でよくしてくれる。大病院に行って、3分診療を受けるより、ずっといい。患者の家族として、本当に感謝しています。
 水野さんの言われる通り、患者とその家族にとって一番ありがたい医者は、なまじの専門知識を持ったインテリではなく、暖かみとホスピタリティーのあるプロの臨床医だとつくづく思います。

水野 私はつねづね、ファミリードクターのライセンスを確立すべきだと主張しているんですよ。そうした臨床医のスペシャリストの育成のために、学部卒業後に2年間の研修期間を設けるべきだと言っているんです。ところがこのプランに対しては、文部省が大反対しているんです。

岩上 文部省が反対するというのは、どうした理由によるんですか。

水野 2年間アルバイト禁止で、研修を受けさせるとなると、ある程度、生活保障もしなくてはならない。そのためには年間800億円のカネが必要となる。そのカネを出し渋っているんです。しかしこれは考えようによっては、インターン制度のかわりにもなるし、臨床の研修の過程で、人間性を見ることもできる。人格的におかしい人物がいたら、免許を与えないこともできる。長い目で見たら、非常に有効だと思うんですよ。
 人間性の問題は、これからますます深刻になると思いますよ。というのは、勉強はロクにできないが、強欲で、不正請求のような悪さをする人物がいる一方、勉強はできるけれども、人間的におかしい奴が、確実に増えていっているからです。人体を「腑分け」する系統解剖という研修がありますが、この時に泡をふいて倒れてしまうような学生ならばいい。きっとヒューマンないい医者になれる。ところが、泡を吹くどころか、目を輝かす連中がいるんですね。明らかに快感を感じているわけです。そういう連中が、今は全医学生の一割ぐらいを占めていると、医大の心ある先生方は、皆言っていますよ。こういう医大生が成長して医者になると、平気で「人体実験」を行ったりするようになるんです。オウムの医者や、薬害事件の「犯人」となった医師たちのようにね。これは本当に恐ろしいことです。



医大生の一割が犯罪者予備軍?



岩上 「酒鬼薔薇聖斗」のように、性的サディズムを覚える連中が増えているんでしょうか。不気味な話ですね。

水野 「酒鬼薔薇」より、ずっと頭のいい連中ですよ。そういう快感を覚える連中にかぎって、だいたいペーパーテストの出来はいいのだという。昔は、こういう学生の割合は、数パーセント以下だったが、今は全体の一割位を占めているというのだから、恐ろしい。彼らにモラル教育を施して、どこまで効果が上がるか疑問です。それより、きっぱりと落としてしまった方が、のちのちのことを考えるとずっとよい。

岩上 たしかに、教育は万能ではありませんからね。性的サディズムで快感を覚える人間がすべて犯罪者になるとは、もちろん断言できませんが、医師免許を手にする人間は、やはりその資格が厳しく問われるべきだと思います。
 医師と同じ国家試験によって免許を与えられる弁護士と比較すると、その重大さがわかります。弁護士の中にも、悪徳弁護士がいることでしょう。しかし、我々は気をつけていれば、一生弁護士の厄介にならずに人生を過ごすことができます。しかし、どんな人間であれ一生の間に医者にかからずに生きてゆくことは難しい。また、医者は弁護士と違って、直接、患者の身体や生命を左右することができる。あらゆる職業の中で、唯一、合法的に人間に対して麻酔薬を投与したり、人の身体を切り刻むことが許されているライセンスなのですから。

水野 医者の責任は重い。というのはまったくその通りです。もう一度、不正請求の問題に立ち返って言うと、先ほども言ったように、人間というのは「やめろ」と言われても隠れて悪事をなす生き物ですから、単に「やめろ」と言うだけでは難しい。脱税を完全になくすには、国民の半分が税務署の職員にならなくてはいけないといわれている。それと同じで、レセプトの不正を根絶するのは至難の業でしょう。
 ひとつのやり方として、診療費の差額を認めてゆくという方法もある。現在の保健医療制度では、腕のいいベテラン医師も、大学を出たばかりの若い医者も、同じ保険点数になってしまう。これではおかしい。不満が出てきて当たり前です。このままでは脱税がはびこるだけだし、第一、医者が腕を磨こうとしなくなりますよ。
 せめて、フランスのように、初診料は制限なしにしたらどうか。フランスでは、医師会に認定された医者(全医師の19パーセント)は初診料を制限されないんですよ。この制度を取り入れ、腕に覚えのある医者は、高額の初診料を掲げて商売するのです。不思議なもので、一度価格オープンにすると、結局は市場原理によって相場が生まれ、落ち着くべきところに落ち着くんですよ。罰するだけでなく、経営をガラス張りにさせて、オープンに自由競争をさせる。そういうインセンティブを与えることも、質のよい医療サービスを提供させるためには必要なことだと思います。

岩上 要するに、重要なことは、信賞必罰ということですね。

水野そうです。努力をした者は大いに報われ、不正や悪事を働いた者は厳しく罰せられる、そういうシステムにすべきです。


水野肇(みずの・はじめ)
27年生。大阪外国語大学卒業。新聞記者を経て医事評論家。社会保険審議会や医療審議会の委員も務める。著書に『日本の医療』『現代医療の危機』『医学的人間学へのアプローチ』『病める現代』『ミドルはみんなノイローゼ』『夫と妻のための人間を考える医学』『2001年の医療』、20年間の著作を収めた『水野肇の病院学』など。60年には日本新聞協会賞を受賞。




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