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「別冊宝島104 おたくの本」 宝島社 1989
僕と右翼とプロレスおたく
右翼に極左にインチキ宗教家……。
プロレスという絆に結ばれた
フリークたちの”素晴らしき日曜日”!
妖しい熱を帯びた、ただならない気配が、満員の後楽園ホールにどろんとよどんでいる。10月10日日曜日。午前11時から始まったジャパン女子プロレスの試合会場に足を運んだファンは、男ばかり約3千人。女子プロレスの会場にはつきもののローティーンのギャルの姿はほとんどない。
見るからに<おたく>風の少年がいる。昼間から酒をあおって赤ら顔のオッサンがいる。いかにも屈折に屈折を繰り返して、マイナーの袋小路に迷いこんでしまったといった顔つきのプロレス者(もの)もいる。ひとくせもふたくせもありそうな面子ばかりだ。会場が普段よりも薄暗く感じられるが、それは照明の加減のためではおそらくない。ホールを埋めつくしている男たちの、不気味なまでに地味な装いのせいだ。『メンズノンノ』を定期購読していそうな、おしゃれな若者の姿はほとんど見あたらない。ここは、消費社会のモードの外に存在する”異界”なのだ。
Bも、その異形の者たちの群れの一人だった。
女子プロレスを愛するB
「全日本女子は、女の子の世界なの。会場に来てるのは十代の女の子ばっかりでしょ。そんなとこへ、俺なんかちょっと行きにくいじゃない。その点、ジャパン(女子プロレス)はおっさんの世界なの。今やアイドル並みの人気のキューティー鈴木が、リング上でいじめられて『ああ〜っ』なんて声出して苦悶する表情なんかこたえらんないもの。それに、いじめ役の尾崎魔弓がこれまたえれえいい女で、おっさんにやたら人気があるんだよね。ロングヘアのワンレングスで、腰とかウエストとか、こんなにキュッと細くてさ、ちょっとお水っぽくて銀座のホステスみたいなカンジで、オヤジさんたちが喜ぶんだ。もう会場は見てのとおり、男ばっかり。だから面白いの。これこそキワモノのきわみでしょ。そのへんの中学生より弱そうな女の子と、神取しのぶとかデビル雅美とか、男でも勝てそうもないようなのとかが、一緒にリングに上がってるんだからね。ワクワクしちゃうじゃない。ここへ来るファンって、かなりの通か、相当アブない奴だと思うよ」
Bがビデオを買ったのは、今から7年ほど前。それ以降プロレスのテレビ放送は、団体を問わずほとんど毎週欠かさず録画している。2時間収録のテープを3倍録りにして、CMを詰めて入れるので、一巻あたり7週間分は入る。そんなテープを40巻以上も所有している。『ゴング』など、定期購読しているプロレス専門紙も十数年分保存していて、これも一千冊は優に超えている。機会があればプロレス会場へ必ず足を運ぶし、プロレスファンのためのミニコミ誌の編集もしている。
今年30歳を超えてなお、プロレスへの情熱の衰えを知らないBは、やはり、れっきとした<プロレスおたく>である、と私は思っている。だが本人は<おたく>と呼ばれることに、頑として抗う。
「<おたく>じゃないですよ。俺よりもっとすごい<おたく>っているもん」
えてして<おたく族>は、本質的には何の差がなくても、<おたく>の濃度の差によって彼我を区別だてしたがるものである。たしかにBは、外観は巷間言われるところの<おたく>イメージには相当しない。色白ではないし、メガネをかけてもいない。非力ではないし、体格も貧弱ではない。寡黙ではないし、不潔で曖昧な長髪でもない。
Bは身長175センチ、体重は110キロを超える偉丈夫である。やや肥満気味で、大学の体育会の柔道部で鍛えた体は屈強である。短く刈り込んだパンチパーマと口ヒゲがまた、この丸々とした巨体によく似合ってもいる。
彼は実は、<プロレスおたく>であるだけでなく、れっきとした行動右翼の活動家でもあるのだ。全国的組織の某右翼団体に所属する中堅幹部なのである。
右翼団体の幹部として
「この間悔しくってねえ。鳥取へ日教組大会粉砕のために出かけたんですけど、ビデオのタイマーをセットするのを忘れて、ジャイアント馬場の現役30周年記念試合の、対ブッチャー戦を録画できなかったんですよ。悔しいなあ。もってませんか? テープ」
彼と知り合ったのは、ごく最近のことである。<右翼の現在>について書いた私の文章を読んで、版元の編集部に彼が電話をかけてきたのが、知り合うそもそものきっかけだった。電話の用件は、あいにくと著者への激励ではなく、熱烈な抗議だった。電話を受け、彼と会った編集担当者によれば、Bの剣幕は大変なものだったらしい。紆余曲折の末、ともかく私は彼と話し合うために、新宿にある事務所まで出かけた。
紙数の都合で、やりとりの詳細は割愛するが、彼は私の文章に書かれた事実を大筋において認めながらも、怒気をはらんだ表情で、このままでは感情的にはおさまりがつかない、血気にはやる若い者には、私への個人テロをも辞さないものもいる、と凄む。
私とて、殴られたり刺されたりはあまり趣味ではない。しかし、そうかといって、事実誤認があればともかく、それ以外の理由でそうやすやすと自分の文章を撤回するわけにはいかない。小心翼々たる小市民にすぎない私ではあっても、拙文に関しては責任を負っている。「言論の自由」などという大げさな言葉などを持ち出すまでもなく、それは売文をもって生業(なりわい)とするものとしての最低限の矜持である。
押し問答は平行線をたどった。いい加減お互いに疲労をおぼえてきた頃、話が途切れて気まずい沈黙が訪れた。私は、その機会をつかまえて、事務所に足を踏み入れたときからひどく気にかかっていたことを彼にたずねた。
「あのー、あそこの黒板に書かれているスケジュール表の、あれ、何ですか。ほら、『鳥取日教組大会』って書いてある下の、『ジャパン女子プロレス』っていうの?」
Bから放射されているぎらぎらとした殺気が、ふとゆるんだ。私もまたプロレスが好きで、ときどきプロレスについての文章を書くこともある、と言うと、彼の表情が、コワもての右翼から無邪気なプロレスファンのそれに一変した。
「えーっ、ホントですか!? じゃ、プロレスラーとかとも会って話すんですか。いいなァー、うらやましいなァー、今度、プロレスの話を聞かせて下さいよォ」
その場のテンションが、急激に低下したことは言うまでもない。
わたしたちは本題から脱線してプロレス談義に話がはずみ、それが縁となって私もこの日、ジャパン女子の試合を彼と一緒に観戦する次第となったのである。
ヤラセがほころびる一瞬の快感
”アイドル”キューティー鈴木が、悲鳴をあげて会場をわかせ、デビル雅美が客席に乱入して盛り上げる。そのたび、カメラを首からぶら下げたN君が見せる笑顔は、本当に幸せそうだった。笑うたびに白い歯がのぞく。そのうち数本は差し歯であるという。過激派セクトとの小競り合いで折られたり、一本一本に行動右翼としての歴史が刻まれているのだそうだが、「あはは」と無邪気な笑い声をあげる今のBの姿は、プロレス好きの大きな子供のようだった。
「プロレスは、大げさじゃなくて、物心つく前から見てた。父親もじいさんも好きだったからね、力道山の試合もテレビで見てるはず。おぼえてはいないけどね。おぼえてるのは、豊登とか、芳の里、吉村道明が活躍してた頃。いつからプロレスファンになったかといえば、だから生まれたときから、としか言いようがない。子供というのはヒロイックなものに憧れるでしょ。普通はそれを卒業するんだけど、俺は卒業しないでそのまま今まできちゃったの」
試合が終わったあと、水道橋のレストランに入って、食事をしながら話をきいた。オーダーをとりに来たウエイターが、Bを前にして緊張しているのがありありとわかる。Bの格好は、Gパンにトレーナーといたってカジュアルで、別に戦闘服を着ているというわけではないのだが、なにしろ容貌、体格がただ者ではない。
「プロレスの魅力って、感情移入できるとこなんだよね」
生ビール1リットル入りの大ジョッキを”ごくり”とあおって、Bは言う。
「だって楽しいじゃない。自分のかわりに戦ってくれるんだもの。もちろん、まがりなりにも俺も格闘技の経験あるから、プロレスが真剣勝負そのものじゃないというのはわかってる。柔道を一度でもやったことがある人間だったら、腕ひしぎ逆十字がいったんガッチリきまったら、即座に「参った」するしかないって誰でも知ってるもの。それをきめたりきめられたりしながら、ロープに逃げたりして30分も40分も試合が続くなんてありえないよ。そうでしょ? 考える頭のない子供時代は、本当に真剣勝負だと思ってた時期もあった。でもそのうち、何だかヘンだなあって気づくわな。結局、大男が痛い思いをしながら、しのぎあいをする、それがプロレスってことで、それでいいんじゃないの。でも、ギミックのうちにも、意地の突っ張りあいになったり、ムキになったりする瞬間って、たまんなくイイよね。アクシデントとかもあるし、同じエンターテイメントでも、映画やアニメじゃありえないでしょ。馬場のセメント(ヤラセのない真剣勝負)もありえないけどさ(笑)」
右翼も左翼もないよ! プロレスには
「それにリングの上だけじゃなくて、リング下でも嫉妬や野心や欲望がドロドロからみあって、あけすけな派閥抗争だとか裏切りとかが年中あるでしょ。それがまたリングの上にもちこまれて、商売のネタになったりさ。考えてみてよ、100キロ以上の大男が、やきもちやいたり、カネや女や酒がらみでトラブル起こしたり、世間にそれを隠しもしないんだよ。女々しくてさ、いかがわしくてさ、誰とは言わないけど、海外遠征先で外人女に子供産ませて知らん顔してる奴もいるって話しだしさ。こんなこと、普通の会社員じゃありえないでしょ!? 単身赴任先で金髪女をはらませておいて、ほっぽってくるなんて、許されるわけないじゃない。
それとかさ、長州力みたいにさんざん前の会社の悪口言ってさ、よその会社へ移って、うまくいかなかったからってまた元へ戻って、しかも移籍にからむカネのゴタゴタも、半ば踏み倒してからむカネのゴタゴタも、半ば踏み倒してウヤムヤにしちゃったり。普通だったら告訴モノだよ。もうムチャクチャだよね。
マサ斎藤にいたっては、本当に傷害罪で刑務所に入ってるのに、それをまたウリにしてさ、テレビもテレビで、アナウンサーが”獄門鬼・マサ斎藤”とか言ってんだよ。ひっどいよねー。それをまた客が喜んでるんだからね。俺もそうなんだけどね(笑)。でも俺、レスラーがでたらめなの、ぜんぜん悪いと思ってない。プロレスの世界って、きちっとした管理社会に対するアンチテーゼなんだからさ。愉快、愉快!」
さすがによく飲み、かつ食べる。プロレスの魅力について滔々(とうとう)と語りながら、大ジョッキをおかわりして、パエーリャをたいらげ、「さあ、朝メシの分は終わった。次は昼メシの番だ」と言って、メニューをにらむ。
Bがいちばん好きなレスラーは、ジャイアント馬場だという。「その理由は?」とたずねると、「おっきいから」と言下にこたえる。
「だっていくら体を鍛えて強くなったとしても、誰も馬場のマネできないじゃない。プロレスはプロレス以外の何ものでもない。やっぱり、普通の人ができないことをやってるから凄いんだし、楽しいんだよね。だいたい馬場の16文キックなんて、誰ができる? 屈強な外人レスラーが、50歳すぎた馬場の足の裏にちょんと当たるだけで大げさに吹っ飛ぶんだよ(笑)。誰もマネできないでしょう、こんなこと。だから馬場とラッシャー木村の兄弟タッグが最高なわけよ。二人の年齢を足すと100歳近いんだからね。この頃全日の会場じゃ、馬場が登場すると『馬場コール』じゃなくて『兄貴コール』だよ。それで、木村には『弟コール』(笑)。それで兄弟タッグの配下のファミリー軍団の若手レスラーには『子供コール』(笑)。こんな楽しさ、プロレス界以外にあるだろうか!?
「プロレスはフリークスの魅力だ」
そもそもプロレスってイロモノだから楽しいわけでしょう。だから鶴田とか谷津とか、アマレス五輪代表だけあってプロレス技は何でも器用にこなしちゃうし、実力は確かに凄いと思うけど、五体満足で普通人で、つまんないのね。結局、欠けたとこがないのね。欠如ってもんがない。プロレスラーって、やっぱりフリークスでないと駄目だと思う。普通人としてはどこか何かが欠落しているところから、魅力が生まれるんだと思う。いわば、孺子、バケモノね。馬場は経営者として決していかがわしくないけど、リング上では力いっぱいいかがわしいじゃない。猪木のプロレスって、誰でもマネできるでしょ。体型も大きいことは大きいけど、まあ普通だよね。でも猪木も凄いと思う。あの人は、性格がフリークスだからね。もう裏切りだの陰謀だの借金だの、リング外じゃスキャンダルだらけでしょ。それを平然と踏みこえて、議員になって、北方領土返還と世界の平和を口にするあの厚顔無恥。だいたい猪木が議員になっちゃうこと自体、プロレス的事件でしょう。凄いよねぇ、世の中なめきってるよねぇ(笑)」
「外人レスラーで好きなのは、”鉄の爪”フリッツ・フォン・エリック。あいつドイツ人ということになってるけど、本名はジャック・アドキッセンで、ユダヤ系なんだよね。だから他のドイツ系悪役(ヒール)レスラーは、みんなナチス・イメージを売り物にして、リング上で『ハイル・ヒトラー』とかやったもんだけど、あいつは一回もやんなかった。やっぱりナチスは許せないんだろうけど、その一方でドイツ人という仇役イメージを利用して大儲けしてる。それからシークも、裏側の人生の屈折がみえて大好き。あいつもユダヤ人なのに、アラブ人を名乗ってんだからね。なに考えてんだか。そしてきわめつけは、やっぱりグレート東郷でしょ。あの人、日系だけどれっきとしたアメリカ人のくせに、日本人のふりして、田悟作スタイルで日の丸のハチマキして、リング上で『天皇陛下バンザーイ!』とかやるわけでしょ。右翼の僕としては、その話を聞いて困ってしまった(笑)。とにかくアナーキーで、女とカネが大好きな人で、もう、人間の生きざまとして凄いと思う。右翼も左翼も関係なしで楽しめるよ! プロレスは」
”昼メシ”のグラタンが運ばれてきた。
「俺、虚弱児だったんですよ」
「誰も信じないけど、俺、虚弱児だったんだ」
グラタンをビールで腹に流し込みながら、Bは自分について語り始めた。
「生まれたとき、2,400グラムぐらいしかなくて、もうすぐ”金魚鉢(保育器)”行きだよって言われてた。えらい体弱くて、小児ゼンソクとかになったらしい。しかも、俺がいちばん上の子で、弟がかなり年下だから、ずーっと一人っ子みたいに育てられたわけ。家にはおばさんとかも同居していて、女ばっかりの環境だったから、ひ弱だった。体も小さくて、小学校から中学までは、よくいじめられた。弱いくせにナマイキだったからね。向こうっ気だけは強くて、ケンカはよくしたけど、ちっとも勝てなかった。本当に弱かったんだよね。だから強くなりたいとか、どっか遠くへ行きたいなって、いっつも思ってた。スーパーマンになる夢なんてしょっちゅう見てたし、昼間も授業中、窓の外をぼんやり見て、ずーっと外へ飛んでいけたらいいなとか、いっつも思ってたよ。
あんまり原っぱとかで遊ばなかったな。サッカーとか野球とか、ぜんぜんうまくなかったし。体育なんかいっつも1か2だったから。活発な子じゃなかったね。一人でマンガや本を読んでることが多かったね。SFが好きで、筒井康隆や星新一なんかはぜんぶ読んだな」
今でもアニメの主題歌は、レコードやテープなど200曲近くもっている。コミックも一千冊以上はある、という。
「小学校の頃は小さくて細かったけど、中学から太りだして、だから早い話が運動不足の肥満児ですよ。それが友だちと一緒に遊ばず、図書館で本ばっかり読んでいたから、まわりと話が合わない。何もかも、アンバランスなんだよね。体力に自信が出てきたのは、高校に入ってから。背が10センチ以上も伸びたんだ。3年間ヨット部に在籍して、力もついてきたしね」
「おたく」と右翼の間にあるもの
右翼の道へ入ったのは、高校1年のときにたまたま書店で手にした『若きサムライのために』という三島由紀夫の著書がきっかけだった。以後、むさぼるように三島作品を読み始め、その影響で「民族主義運動」に身を投じることを決心した。
「三島由紀夫の本からいちばん影響されたのは死生観だね。割腹自殺したのは、我々が小学校5年のときでしょう。もちろん、本質的には何も理解してなかったけど、それでも子供心にすごいなぁって思ってたからね。それが高校生のとき読んだ三島の本でよみがえってきた。つまり、死をも超越する価値観の存在、生き死により大切なものがある。それが、すめらぎを中心とした日本である、と。17、18の頃って、死についていつも考えてた頃だから。俺はいつ、どうやって死ぬのかなって。生命以上の存在って、学校でも誰も教えてくれないじゃん」
彼の身の内でずっとうごめいていたものは、自己超越の願望であり、その願望に形を与えたのが三島だったのだ。<おたく>と呼ばれる若者が、他者に対して、あるいは現実に対してひたすら自閉し、サナギのようにマユを編み、その中で眠りこけて夢想するのは、やはり自己超越の夢にほかならない。「自分は<おたく>ではない」と信じているわたしたち自身の内にも、多かれ少なかれ巣喰うその夢は、時として新しい価値創造の種子を育みもするが、同時に、超越的存在との同一化の欲望にも容易に転化する。そしてこの国ではそれは、おおむね天皇制へと回収されてゆく契機として働く。かつて現実離れした観念肥大に対する処方箋として、<肉体>を対置する戦略がもてはやされたことがある。しかし、それは修正されなくてはならないのではないか。ボディビルで見せかけの筋肉をつくりあげた三島自身がそうであったように、肉体的コンプレックスのかたまりのような<おたく族>と、その対極に位置するかのようなマッチョ・イメージの右翼との間には、どこか深くて通じ合う回廊が存在している。
<おたく>って自分じゃわからないよね
「今、民族主義運動に入ってくる若い奴らって、本で読んだ情報が先行してる頭でっかちが多いのね。ロリコンとかの、本物の<おたく>もいっぱいいる。昔のような、肉体派の硬派って少ないんだよね。ひょっとしたら俺たち以降の世代って、みんな<おたく>なんじゃないか。考えてみると、物心ついたときからテレビアニメやマンガ週刊誌で育った世代って、俺らがいちばん最初だし、それに何かのマニアになって、モノを収集するって、貧乏な家庭じゃムリでしょう。原っぱで遊ぶしかないよね。でも、そんな極貧家庭って、東京オリンピック以降は、もうほとんど存在しなくなったでしょう。世の中が豊かになったって、やっぱり大きいと思う」
現代は情報化社会であるなどとはいうが、実相は情報の暴風化社会である。言葉はもはや意味のある伝達をあきらめたかのように吹き荒れ、サンドストームの一粒として、私達の目をつぶし、耳をふさぐ。そのノイズの暴風から避難して、やっと一息つくことのできるディスコミュニケーションの空間は、では何によって構成されているかといえば、やはり砂粒=情報に他ならない。ただし、それはいま現在、風によって激しく吹き荒れている砂ではない。もはや動かない、手ですくって、さらさらともてあそぶことのできる砂。流動する<現在>から切り離され、私達をおびやかす毒性の半減期を過ぎた言葉であり、映像であり、記号である。<おたく>の志向が過去へ傾きがちなことと、安全でレトロな情報玩具と誰にも邪魔されず戯れていたいという誘惑とは無縁ではない。
「ただ、今、<おたく>が差別されるのは、常軌を逸してるからでしょ。マンガにのめりこみすぎて、生身の女じゃダメで、マンガの中の女でないと欲情しないっていう二次コンなんてのは、ビョーキだと思う。そういう知り合いはいるけど、一緒にしてほしくないなと思う。でも俺も、他人から見たらそうなのかなぁ……。自分は違うが、あいつは<おたく>だっていう言い方って、ちょっと精神病患者に似てるよね。精神病患者は自分では『キチガイじゃない』って言い張るっていうでしょ。だから、俺も自分の意識しないところで病んでんのかもしれない。まわりから見ればね。誰にも迷惑かけてないけれどもさ……」
B級映画の味、FMW
6時半、私たちは再び、”プロレスのメッカ”後楽園ホールへ足を運んだ。夕方からはFMWの試合が始まる。FMWとは、元全日本プロレスの大仁田厚が起こした新しい独立団体である。もちろんテレビ放送もないし、レスラーの頭数もそろっていない。その点では旗揚げ当時のUWFと同様だが、UWFには前田日明をはじめビッグネームのレスラーがいたし、団体としてのポリシーも一貫していて、格闘プロレスとでも言うべき、新しいスタイルを確立することができた。
しかしFMWには、そんな未来を切りひらくヴィジョンもないし、過去に実績のある一流レスラーもいない。トップの大仁田からして、かつてはジュニアヘビー級のチャンピオンになったことがあるとはいえ、ずっと現役から遠ざかっていたのだ。パンフレットにも堂々と「現役引退後は、水商売をやり」とある。どういう団体なのかと首をかしげたくもなるが、会場はぎっしり満員だった。昼間のジャパン女子プロレスとダブルヘッダーで来ている客もかなりいる。丸一日、プロレス三昧。まったくどうも、<プロレスおたく>にとってこの日は、「素晴らしき日曜日」なのだった。
客の狙いは、空手家の青柳清司と大仁田との”因縁”の異種格闘技戦にある。前回、反則がらみでもつれ、その因縁をもちこしてきているのだが、そんな因縁抗争ドラマは、現在のプロレス界ではすでに化石と化した古典的手法だ。空手対プロレスというコンセプトも、新日本やUWFの模倣にすぎない。プロレスとはもともと格闘技のシミュレーションであるが、それをさらに縮小再生産した複製を見せようという心づもりらしい。だが、それでもファンは大喜びでつめかける。これはどうしたことだろう。
「みえみえの嘘くさい因縁抗争、御都合主義、いいですねえ。これぞB級プロレスの決定版でしょう」
Bは、ご機嫌だ。
「マイナーB旧映画ってあるでしょ。クリストファー・リーの出ない吸血鬼映画とか。ああいうの、俺、大好きなの、今、UWFがいちばん人気あるけど、やってることはプロレスなのに、プロレスを否定するようなことを言うじゃない。ああいうの、すごく反発を感じるね。第一次UWFは好きだったけど」
泣き、叫ぶ一人の青年
会場のそこかしこで、Bはプロレス仲間の知り合いと挨拶をかわしている。彼はニコニコと笑いながら、一人ひとり私に紹介する。
「この人はね、極左だったの。若い頃はバリバリの過激派だったんだよ」
行動右翼と元極左とが交歓する光景に、私が当惑していると、彼はこう続けた。
「プロレス会場へ入ったら、俺はもう活動家じゃない。お互いに政治的なことはなすのなし、一切なし。それだからつきあえるんだよね。ときどきは、お互いの正体をちらちらめくりあって遊んだりもするけどさ。『おっ、こいつ中核派だったんか』とかね。俺の仲間、ヘンな人間多いよ。元極左セクトで、今も不穏なことたくらんでるらしい人物とか、元アナーキストで、今はいかがわしい新興宗教に首つっこんでる奴とか、ナチの研究家とか。そういう俺だって、明日の生活のことも考えないで、スピーカーのついた街宣車に乗って、日教組の会場へ押しかけてんだから、人のこと言えない。そういや、仲間のなかには学校の先生もいるな(笑)。みんなさ、人生をプロレスしてる人間ばっかり。いいじゃないの、極左とアナーキストとインチキ坊主と日教組と右翼が一緒にプロレス見て楽しんだって。馬場とブッチャーだって、血まみれの試合やったあと、同じバスに乗ったりするじゃない。俺は、プロレスファンに関してはすごく寛容で、なんでもありなの。俺の父親はまともな商社マンだったけど、俺自身はやっぱり、ちゃんとしたサラリーマンに向いてない人間だと思うのね。人生は、やっぱりプロレスですよ。なんたってプロレス界には、真面目な常識人じゃけっして花咲かないっていう素晴らしさがあるじゃないですか」
FMWの試合は、期待どおり(?)のジャンク・ファイトの連続だった。素性のしれない三流外人レスラーや、あやしげな空手家や、下腹のたるんだ女子レスラーら入り乱れて、プロレスというより、通俗に徹したプロレスのまがいものを、これでもか、これでもかと見せてくれる。
だがしかし、それでもメーンイベントの大仁田と青柳の試合は異様な盛り上がりをみせた。青柳に一方的に攻められ、流血しながらも前へ前へと出てゆく大仁田の姿には、確かに一流選手同士のテンションの高い試合にはない、不思議なカタルシスがあった。情報資本主義社会の、生産−流通−消費のハイスパート・サーキットから脱落したがジェットだからこその安心感なのだろう。
私の座っていた席の斜め後方に、たった一人で声をふりしぼって絶叫している20歳前後の若者がいた。
「大仁田ーっ! プロレスの強さをみせてくれーっ! 空手なんかに負けるなーっ!」
鬼気迫る切実なその叫びには、プロレスを微塵も疑っていないひたむきさと危うさが同居していた。Bが、身体半分だけ<プロレスおたく>なら、彼は真正の<おたく>に違いなかった。色白の頬と、黒縁のメガネのその風貌は、誰かに似てはいたが、それが誰か私はすぐに思い出せなかった。
試合は、セコンドの乱入というハプニングもとりまぜながら、ひと通りのスペクタルを見せて、大仁田の逆転KO勝ちでしめくくられた。大仁田は涙を流して勝利の喜びをあらわし、それなりに楽しめはしたものの、すれっからしのプロレスファンである私には、それはしごく凡庸な予定調和の結末にしか見えなかった。
だが、くだんの若者は、違った。人目もはばからず号泣するのだった。
「大仁田ーっ、ありがとう! やっぱりプロレスは強かったんだ! ありがとう、大仁田ーっ!」
その泣きっぷりは、誰をも寄せつけない、幸福な陶酔にひたされていた。
その日の試合から数日たってから、Bはしみじみと回想してみせた。
「プロレスを見て泣けるって、うらやましいよね。笑いが解消できるストレスって、せいぜい2日分だけど、泣くってことは、少なくとも10日分のカタルシスがあるものね」
彼の言葉を聞くうち、あの若者が誰に似ていたのか、私はようやく気がついた。
彼は、浅沼稲次郎元社会党委員長を刺した17歳のあの右翼テロリストの面影にそっくりだったのである。