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「Esquire」  1989年3月号 UPU

フランク・ゴーディッシュがB・ブロディに変身する時。

American Wrestler's Etiquette


  意外な話だが、アメリカのプロレスラーは試合前に爪の手入れを欠かさない。対戦相手にケガをさせないためである。
  意外なのはそれだけではない。歯を磨き、シャワーを浴びてから、必ずオーデコロンをつける。それが彼らの最低限のエチケットなのだ。そしてまた、そのひと瓶のオーデコロンは、単なるエチケット以上の、アメリカ社会における「ルール」を象徴している。
  アメリカの歴史は、先行し定住したもの達が形成した社会と、新しくその社会に加わろうとする新参の移民との、葛藤の歴史である。他民族、他人種がせめぎあうかの国において、常に求められるのは、明快でシンプルなルールだ。守るべきルールの存在があってはじめて、異民族同士の共存が可能となる。流血を売り物にしているプロレス界で、似つかわしくない貴族的エチケットが発達したのは、肌の色の違う者同士が、肉体の濃厚な接触を余儀なくされるからに他ならない。
  伸ばし放題の髪と髭によって、"怪物"ぶりをアピールしていたブルーザー・ブロディもまた、身だしなみにはことのほか気をつかっていたらしい。
  ブロディの本名はフランク・ゴーディッシュ。ポーランド系ユダヤ人の移民三世である。ブロディの祖父の時代、東欧のユダヤ人は激しい迫害にさらされていた。1903年には、ロシアで45万人ものユダヤ人が虐殺(ポグロム)されている。受難を避けるため、この時代、約400万人のユダヤ人が、旧大陸からアメリカへ逃れた。自由と平等という公民権(ルール)が確立されていたアメリカは、彼らにとって希望の新天地だった。
  祖父も父も、生涯をペンシルベニアの貧しい炭坑夫として送ったが、ブロディはユダヤ人としては珍しく、傑出した体格と運動能力をもちあわせていたことが幸いした。スカラシップ(奨学金)をもらって高校、大学とアメフト選手として活躍、プロ球団にスカウトされる。その後プロレスに転向、スター街道をひた走った。プア・ホワイトの憧れる、典型的なアメリカン・サクセス・ストーリーを彼は生きた。

  そのブロディが、死んだ。去年の7月17日のことである。まだ42歳、死ぬにはあまりに早すぎる。
  ブロディがなぜ死ななければならなかったか、実際のところ誰も知らない。わかっていることといえば、プエルトリコのプロレス試合会場のドレッシング・ルームで、地元ブッカーのホセ・ゴンザレスにナイフで刺された、それだけだ。ビジネス上のトラブルが原因ではないかと囁かれもしたが、事件の真相は今もって闇の中にある。
  それにしてもしかし、どうして「史上最強のレスラー」と称される男が、やすやすと殺されてしまったのだろうか。ナイフを手にしていたとはいえ、犯人のホセは矮小な小男にすぎない。
  僕には、殺された場所が試合前のドレッシング・ルームだったことがどうしてもひっかかってならない。ドレッシング・ルームという場所は、人間がレスラーに変身するための空間である。ウォームアップし、身支度を整える例の一連の儀式のうちに、彼らはリングの戦士になりかわってゆく。
  これは僕の勝手な想像にすぎないのだが、ブロディは彼がまだブロディとなる前に、ナイフを突き立てられたのではないだろうか。刺されたのはフランク・ゴーディッシュであって、ブルーザー・ブロディではなかった。そうでなくては、あの強者が、つまらない小男に殺(や)られるはずがない。
  彼が倒れたシャワールームの床には、戦士として武装するために必要なオーデコロンの瓶が、虚しく転がっていたに違いない、と僕は思う。
  ブロディは事実、トラブルの多い男ではあった。プロレス界には興行の世界にありがちな、金銭にまつわる不合理な旧弊が色濃く残されている。彼はそれが我慢ならず、たびたび「正論」を主張して譲らなかったという。それは「客を集めているのは俺だ」という強烈な自負のあらわれでもある。

  だが、そんな激しい生き方に、本人も暗い予感を感じていた。
 「俺はいつかアクシデントで死ぬ」
  と、親しい友人に予言めいた言葉をもらしていたという。また、夫人には、
 「俺が死んだら、墓はいらない」
  と、言い残していたらしい。
  今、彼の遺骨は、サンアントニオの自宅に安置されている。いずれそれは、夫人の手によって彼が愛していた庭の木の根元に埋められるだろう。
  死というものは、人間の最終的な帰属を明らかにするものだ。自分の力のみを信じ、運命を切りひらいてきた誇り高い男の魂は、すべてを受け入れ、包摂する偉大なアメリカの大地に、ユダヤ人としてではなく、ユダヤ教にもキリスト教にも属さないただの一介のアメリカ人として、帰還することを望んだのである。

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