「Number」233 20 Dec. 1989.
安生が引き分け、鈴木が悔し涙にくれ、藤原が感涙にむせんだ。
山崎は声もなく肩を落とし、高田は誇らしげに吼えた。
そして、われらが前田は静かに、しかし、熱く燃えた。
平成元年11月29日、東京ドームは6万観衆の熱気に膨れ上がった。
それぞれが思いを託しながらリングの上の夢戦士たちを追い続けたのだ。
それはまた、UWFが歩んだ1年半余の結実でもあった。
飛翔のときを求めて、彼らは再び歩を進める。
己の人生を賭け、理想と信じる戦いの彼方へと
私をU.W.F.に連れてって
アリーナ席はもとより、バックスクリーン脇の3階席まで、見事なまでに客が入った。東京ドームは6万人の入場者で満員である。さらに、アリーナに2台設置された、4m38cm×6m74cmという巨大なアストロビジョンがイベント気分をいやが上にも盛りあげる。このハレの場に立ち会える幸福に感謝しつつ、僕は、リングサイド最前列の席に座っている自分、というものにどうにもなじめずにいた。UWFに対して、僕などとは比べものにならないほど深い愛情を抱き、見つめ続けてきた無名のファンはたくさんいる。彼らこそ、この席が似つかわしいのではないか−−。だが、隣に座っている僕の女友達は、違った。この特等席に座る自分を、微塵も疑っていない。
「わー、こんな近くで見れるなんてラッキー。これなら血とか出てもはっきり見えるわ」
外人選手の取材のため米国留学経験のある知り合いに通訳を頼んだのである。喜んでついてきた彼女は、自他共に認める典型的な<Hanako族>。鈴鹿にF1がくれば飛んでゆくし、「アイーダ」はむろんのこと、ジャパンカップでの武豊のチェックもぬかりない。彼女たちにとって、UWFもそうしたイベントのひとつにすぎない。改めてあたりを見渡すと、恐ろしいことにそんな<Hanako族>たちが、うようよしている。
実物よりマンガが先行する現実
だが、浮気な彼女たちこそ、消費社会のマーケット・リーダーである。彼女たちに認知されてこそ、’80年代末の日本では第一級の商品たりうる。彼女たちが喜々として足を運ぶからこそ、ドームが埋まりもしたのだろう。もはやUWFは、「UWF信者」という特定階級の独占物ではなくなってしまったのだと、僕はドームの天井をしばしあおぐ。
UWFっていうより、前田さんを見たいのよね、と彼女は言う。
だってメディアの中でポジションが、すごくオシャレじゃない。山田詠美とかブルーハ^ツとかと雑誌で対談したり、すごく難しい哲学書も読むらしいし。それでいて試合がテレビ放送されてないから通俗化してないでしょ。私たちって、メジャー大好きだけど、マスは嫌いなのよねー。
この日は異種格闘技戦がずらり、6試合も並んだ。安生洋二とムエタイの大型選手チャンプアの一戦が、消化不良のドローとなったあと、プロ空手史上最強との折り紙つきのモーリス・スミスが登場した。スミスは余裕たっぷりに若い鈴木を翻弄し、4R目に右のショートストレートでKO勝ち。
「UWFのリングに上がったのは、ペイがいいからさ。次はロブ・カーマンとぜひ日本でやりたい。オランダでもアメリカでもなく、日本でね。アメリカじゃ、多くても観客は5000人。ここだともっと多くの客が入る」
UWFの人気は、すでに欧米の格闘技界に知れ渡っている。過剰なショー・アップを排除したシリアスなファイティング・スタイルも好意的に伝えられ、経済的には決して優遇されてない彼の地の格闘技者たちの目には、極めて魅力的な「戦場」に映るのだろう。格闘技王国のオランダではUWFルールに基づいた試合が開催される可能性もあるという。
「オランダのキックのレベルは、世界一高いと思う。自信? もちろんあるさ」
「目白ジム」という文字を残して、髪を刈り上げたディック・レオン・フライは、試合前にそう言って胸を張った。フライの対戦相手は藤原喜明である。リングに登場した藤原を見て、観客がどよめく。ムエタイのトランクスに裸足といういでたちなのだ。
「ねえねえ、あの人、マンガの『フジワラくん』と顔がそっくりよ。もしかして、モデルになった人?」
隣のHanakoの質問に、一瞬、絶句する。藤原の名誉のために、彼が日本一のサブミッションの使い手であることを大急ぎでレクチャーすると、彼女は、リング上の藤原の、ちょっと情けない、ムエタイ・パンツ姿に疑わしげな視線を送りながら、言った。
「ふうん。で、サブミッションって何?」
説明している間に、藤原が一瞬の早業でアキレス腱固めをきめてしまった。「あれだよ、あれ」と言うものの、彼女はきょとんとしている。UWFの試合を観戦する場合、どうしたって格闘技の予備知識が必要となる。だが、アキレス腱固めの痛みを、どうやってHanakoたちに伝えたらいいのだろう。まさか、技をかけるわけにはいかないし。
対照的に説明が不用だったのは、セミファイナルの高田延彦とデュアン・カズラスキー。ふたりの試合は、高田のキックと、カズラスキーのレスリング技術がかみあって、両者の持ち味が充分に発揮された、起伏に富む展開となった。こういう試合はビギナーにもわかりやすい。
そしてメーンエベント、前田の対戦相手は、あの山下泰裕のライバルだったウィリー・ウィルヘルム。198cm、135kgの巨体は前田よりふた回りも大きい。オランダでキックボクサーを相手に練習を積んできたと試合前に自信満々に語っていたウィルヘルムは、その言葉通り、巨体ながら器用に足を上げて、前田の蹴りをカットする。そして強引に投げ捨てて、寝技へもちこむ。だがそこから先、前田を攻めきれない。前田のほうも、相手の巨体をもてあまして、スープレックスで着実にダメージを加えてゆき、2R、カニばさみで横転させると、あっさりヒザ十字固めをきめた。危なげのない、勝ちっぷりだった。
試合後のドレッシングルームで、30人を越す記者やカメラマンに囲まれ、「6万人の視線は、やっぱり重いね」と、前田はいつものようにぼそぼそと語り出した。
リングに注がれる視線との闘い
東京ドームでの成功についてどう思う、という質問が出た。
「俺、ここは東京ドームじゃなくて、後楽園ドームだと思ってる。だから試合前の挨拶でわざと言ったんだ。後楽園ドームって。UWFは後楽園ホールでスタートを切った。今日は2回目のスタートの日だと思ってる。UWFがここまでこれたのは、良くも悪くも後楽園という場所に育てられてきたから。後楽園には神というか、見えない力があって、それに助けられてきたんだと思う。だから、後楽園にこだわりたかった」
東京ドームという頂点をきわめたのだから少しははしゃいでもよさそうなものなのに、前田の口調はひどく重苦しかった。記者団がしばし沈黙した、そのときだ。
「あのー、私、今日はじめて見にきたんですけど」唐突に、あのHanako娘が大胆にも質問したのである。
「私のような何も知らない若い女の子が、今日たくさん来てたと思うんですが、前田さんは、そういう女の子のこと、どう思いますか」
うつむいて喋っていた前田が、虚をつかれたように顔を上げ、一瞬間をおいてから静かに、そして優しい口調でこたえた。
「いいんじゃないですか−−」
前田は、あるいはUWFは、今までとは違う種類の厳しさを引き受けねばならなくなったのだ、と思った。UWFを理解し、愛し、同志的連帯感さえ共有していた固定ファン層と小さな集団を形成して、その中に閉じこもってしまえば、大きな成功は手に入らなくてもそれなりに幸福な関係は維持できたかもしれない。だが彼らは冒険を選んだ。東京ドームで試合をするということは、新しいファンを受け入れ、従来のUWF信者とはまったく違う視線にさらされる経験でもあったのだ。彼らはこの日、リングの上だけでなく、リングに注がれる視線のレベルでも異種格闘技戦を戦っていたのである。11・29は、だからUWFの到達点などではおそらくない。それは新しい闘いの序章なのである。