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取材協力=土屋敦

20億円詐取、不正請求の手口を徹底追及!

逮捕直前! 安田病院院長直撃インタビュー


「ここは本当に病院ですか?」
ある入院患者は思わずそうつぶやいた。
診療報酬の不正請求、無資格診療、でたらめ投薬、職員の暴行で死に至った患者……
そこではありとあらゆる「犯罪」がうずまいていたにもかかわらず、長い間見逃されてきた。
日本医療界の暗部が露呈し、大きな関心を呼んだ事件の核心にせまる!




強制捜査前夜の会見
−−7月15日・16日





「不正があったというなら、医療監視に入った時に、なんで言わんのや。昔のこと持ち出してきてカネ返せ、と今頃言うてもあかん」
「日本は法治国家やから、法には従います。けれどカネは返さへん。職員の水増しは一切やってない。強制捜査、やったらよろしい。白黒はっきりして大いに結構」
 老獪(ろうかい)と思いきや、だだをこねる子供のような言い種(ぐさ)を口にする。不安な表情や悪びれた様子は一切みられない。時おりつかみどころのない薄笑いを浮かべながら、口から出るのは居直りと逆恨みの強弁のみ----。
 病院の職員数を水増しするなどして、巨額の保健医療費を不正受給していた詐欺容疑で、大阪地検特捜部と大阪府警は、7月17日午後、安田基隆院長(77歳)が経営する安田病院(大阪市住吉区)と、系列の医療法人・北錦会の大和川病院(大阪府柏原市)および大阪円生病院(大阪市東住吉区)などへ、一斉捜索に入った。過去2年半の間に詐取していた保健医療費は、空前の約20億円にのぼると見られている。
 その強制調査の直前の15日と16日の夜、大阪市内のホテルの一室で、安田基隆院長は病院幹部を従え、我々のインタビューに応じ、不正受給疑惑を全面否定した。
 旧大阪帝大医学部卒の医学博士であり、合計の病床数が千を越える大病院のオーナー。大阪の高額納税者番付の14位にランクされる金満家にして、ガン撲滅をうたい、資材30億円を投じて医学財団を設立した「名士」。大阪府医師会理事などのポストも歴任し、厚生省や府の高官、保守系政治家との親密な関係をことあるごとに吹聴(ふいちょう)してきた「大物」----それが安田院長の「表の顔」である。
 しかし、97年3月に不正請求疑惑が急浮上してから以後に、報道を通じて伝えられた彼のもう一つの「顔」は、「表の顔」とは似ても似つかないグロテスクなものだった。
 職員の採用から、毎日の職場配置まで、自らこと細かく指示を下す「ワンマン経営者」。カネはすべて自分が握り、一円単位の支出も管理する。異常なまでの「始末屋」(倹約家)で、注射器や蛍光灯などの備品の購入も職員に負担させる。患者が亡くなるとそれを口実に職員の賃金をカット、自分に従わない職員に対しては怒鳴りつけ、給料の支払いをストップする。
 医師も看護婦も職員も彼の言いなりにならざるをえず、カルテの改竄(かいざん)や職員水増しの偽装工作などの不正行為に嫌々ながらも荷担させられる。「患者第一」とは口ばかりで、電気代節約のため、冷暖房の使用を制限し、病院内は夏は蒸し風呂、冬は冷蔵庫といった状態。そのため、体力のない寝たきり老人の患者らは、劣悪な環境の中、持ちこたえられずに次々と亡くなってゆく----。



安田がブッた「陰謀論」



 安田系列三病院の不正疑惑が表面化したのは、97年3月10日付の読売新聞大阪版の告発記事がきっかけだったが、実はそれに先立ち、約一カ月前の2月17日に、各行政当局や新聞社宛に、「安田基隆の側近中の側近」と自称する匿名の人物から、告発の手紙と録音テープが送付されていた。そのテープには、安田院長本人と、厚生省高官などとの電話の会話が記録されていた----。
 安田院長サイドは、この盗聴を一連の病院批判と結びつけ、「不正請求事件を含め、すべては病院乗っ取りを企むグループの仕業」と強引に主張する。取材の席でも、我々と顔を合わせるなり、「精神医療人権センターと読売新聞は、共同謀議で病院乗っ取りをもくろんでいる」等々と書かれたアジビラのような文書を突きつけ、突拍子もない「陰謀論」をぶちはじめた。
 あまりに牽強付会(けんきょうふかい)で妄想じみた話の展開に面食らったが、まずは安田氏の語る「物語」に耳を傾けてみよう(安田院長の他の取材の場に同席したのは、山口一郎安田病院事務長、田宮良喜大和川病院事務長代行、安田病院医事課の島田輝義氏、顧問弁護士の安野仁考氏の四名。主として質問に回答したのは、安田院長と山口事務長)。



安田 今回の事件はすべて「大阪精神医療人権センター」と名乗っている弁護士グループの人間が、読売新聞のH記者や、旧社会党左派の残党連中と結託して仕組んだ謀略なんです。そもそも精神医療人権センターと名乗る弁護士たちは、10年ぐらい前から精神科医療のことで行政にいろいろ文句をつけたり、大阪に約50ある精神病院を一カ所ずつ、「患者を閉鎖病棟に隔離して、外へ出さんのはけしからん」などといって攻撃したりしてきたんです。
 この連中とやり合うことになったすべての発端は、平成5年(93年)の2月15日に、私が顧問をいたしております精神科の大和川病院での「事件」なんです。そこの患者が肺炎で熱を出しまして、患者の家族の希望で、大阪府八尾市にある医真会八尾病院に転院させた。そこの院長は森功という人なんですが、この人が意識混濁している患者を診察して、肺炎ではなく脳からきていると早合点しましてね。それで、院長同士が電話で口論になったわけです。
 どっちも自分が診断した病名を主張する。それで結局、向こうさんが「出るとこ出てもらおう」と言い出し、ならこっちも言葉の綾(あや)で、「けっこうや」言うて、警察沙汰になったわけですね。

----転院した患者さんが具合悪くなったと言うだけの理由で、医者同士が喧嘩する必要はないと思うのですけれども。

安田 ないんです。向こうの方から、「これは頭蓋骨骨折や」言うてきたんです。その患者が大和川に入院したのが、2月1日ごろ。その翌日に他の患者と喧嘩しよったわけですね。で、怪我をした。でも、医者やったら、一目見ればいつできた外傷かわかります。それをさも転院当日の15日にできたかのように、向こうが脚色して、警察へ訴えたわけです。「これはリンチ事件による頭蓋骨骨折や」と。
 ところが警察立ち会いのもと、司法解剖してみたら、頭蓋骨に骨折はなし。担当医は大阪市立大学医学部法医学教室の吹田和徳助教授。結局、吹田助教授の鑑定では頭蓋骨骨折はなかった。主病名は大葉性肺炎と、こうなったわけですね。
 ところが、向こうについた弁護士が、精神医療人権センターの弁護士だった。で、この人権センターの弁護士さん3人ほどと、左翼系の医者が2、3人、それから土肥隆一という社会党代議士(当時)、それに関西テレビの女性の記者が、「事件」のあと、平成5年の5月に大和川病院へ押しかけてきて騒ぎ、その様子をテレビに放映した。
 それで大和川の方から関西テレビを名誉毀損で訴えた。向こうさんは向こうさんで、それに反論して、「面会妨害や」と訴えてきたわけです。



集団暴行?



 亡くなったのは当時57歳だった男性患者Iさん。彼の死亡事件をめぐる名誉毀損裁判の一方の当事者である森功院長は、安田氏の主張に対し、真っ向からこう反論する。
「私が診察した時には、Iさんはひどい状態だった。意識はないし、激しい打撲の跡がいっぱいあるし、骨折もある。これはどういうことなのかと、大和川病院の川井院長に電話でたずねたところ、「うちを出たときは、そんなことはまったくありません。意識もあった」と言い張ったんですよ。現実の患者の容態とあまりに違うことを言うものですから、医師の義務として警察に届けたんです。
 頭蓋骨骨折でなかったのは事実であり、私どもも認めています。それを安田側は鬼の首を取ったように騒ぎ続けていますが、そんなことは本質的な問題ではない。
 ウチでレントゲンを撮ったところ、Iさんは外部から加えられた打撃で左脇腹の肋骨が4本折れ、肺挫傷を起こしていた。そこにMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の菌が入り、右の方まで肺炎が広がって、いくつもの膿の袋がふくらみ、それが破裂して、結局敗血症で亡くなったんです。
 吹田鑑定でも、脇腹の骨折は認めています。もっとも、吹田助教授は『左側の肋骨に骨折はなかった。右脇腹にあった』とわけのわからないことを言ってきていますが----。
 この人は、もともと安田系列の病院とはつながりが深いらしい。大阪市大の法医学教室に回ってきた保田系病院の患者は、全部この吹田氏が司法解剖していたようです。これでは法医学の中立性も公正性もあったものではない。
 大和川病院側は『頭蓋骨骨折がなかったから、集団暴行はなかった』と主張しているが、左肋骨の骨折については知らぬ存ぜぬというのは許されない」
 Iさんの遺族は、大和川病院内で加えられた集団暴行がIさんの死因であるとして、北錦会を相手取り損害賠償請求訴訟を起こしており、こちらの裁判も継続中である。この事件には病院内で暴行現場を目撃した人物もいる。その証言と、大和川病院の看護体制の実態については、後で述べる。
 安田氏のインタビューに戻ろう。



安田 人権センターとはその後もトラブルが続いて、大体十ぐらいの裁判を今も抱えとるわけです。
 ところが、裁判はどれも長引いて、なかなか片づかん。そうすると向こうも、資金面でシンドイわけですな。それで、大和川の後ろに安田を贈収賄で逮捕したらええと。それで私の自宅に盗聴器をしかけたんですわ。

----盗聴犯は誰か、判明したんですか?

安田 まだわからん。私の住んでるマンションの電話の配線ボックスに、盗聴器を仕掛けたんですわ。今年(97年)の2月に厚生省に行ったら、「自宅を盗聴されてませんか」って訊かれた。盗聴テープがばらまかれていたんです。
 びっくりして、帰ってから専門の業者に調べてもろうて、3月24日の夜に発見したんです。これは大変やと、阿倍野署に届け出ましたが、捜査中です。

----盗聴の犯人が挙がっていないのに、精神医療人権センターなり、「病院乗っ取りグループ」が仕掛けたものだと、なぜ言いきれるんですか。

安田 おかしなことが、それ以前からあったんですわ。1月12日と13日の朝、安田病院の周囲の電柱に誹謗中傷のビラが貼ってあった。夜のうちに誰か貼ったらしい。そうすると、夜中、警戒せんといけませんやろ。それで私、13日の夜、家を空けたわけです。
 翌朝、マンションへ帰ったら、ドアの鍵があいとる。中へ入ったら荒らされとりましてね。その時は、ただの物取りだと思ったんです。というのは、私手慰(てなぐさ)みにちょっと株をやりましてね。3000株ほど売ったかねが、5000万円ほど家にあったんです。

----現金が5000万円?

安田 そう。5000万円の現金を二つに分けて袋に入れ、押入と寝室に置きっ放しにしといたんですわ。それを盗られましてな。
 ところが、3月に盗聴器が発見されて「ははあ、これは同一犯に違いない」と確信しました。中傷ビラを貼って、注意を外に向けさせて自宅に忍び込み、私を贈収賄とか脱税とかで訴える書類を探そうとしたに違いない。そのついでに行きがけの駄賃でカネまで盗っていったんやろうと思います。

----被害届はすぐ出したんですか。

安田 いや、届け出たのは、3月24日以降ですわ。それまでは通報してません。命を狙われたわけではないし、まあええわと……。

----それはちょっと理解しがたいですね。5000万円もの大金を盗まれて、どうして当日すぐに届け出なかったんですか。

安田 うん、だからそれはまあ……。泥棒に入られること自体、恥やしね。それに病院についての報道も始まっていて、このことでよけい書きたてられるやろうと思ったし。
 この空き巣事件の捜査は進展してません。犯行から日が経ってるから、指紋も検出されなかったし。それに阿倍野署はやる気がないんや。下の者(捜査官)がそう言うてたわ。発表もしないから、この件は新聞で一行も記事になっとらんし。おかしいですわ。



空き巣事件と人権センター



 警察や新聞が「おかしい」と安田氏は言うが、5000万円もの大金を銀行に預けもせず、無造作に押入や寝室に「置きっ放し」にしておくことも、盗まれてから2ヶ月間届け出なかったというのもかなり「おかしい」。
 また、盗聴器が発見された途端に、急に2ヵ月前の空き巣事件を持ち出して関連づけ、何の証拠もないのに「病院乗っ取りグループの仕業」と決めつけるのも、飛躍のしすぎであろう。病院関係者の中には、「空き巣事件は、安田院長が被害者を装うための、”狂言”ではないか」と疑う声もある。そこまでうがった見方をせずとも、盗聴事件が起きるまで空き巣に入られたことを伏せていたのでは、盗まれた5000万円が、追求されては困るカネだったのではと疑われても、仕方あるまい。



----大阪中に配布しているというこの文書には、「病院乗っ取りの企てがあった」と書かれてありますけれども、いったい誰が乗っ取ろうとしているというのですか?

山口 それはもう人権センターしかないですわね。

----人権センターが病院乗っ取りを?

安田 ええ。それに読売新聞のH記者が結託している。私らの病院を手に入れようと、共同謀議やっとるわけです。

山口 人権センターには丸山いう弁護士がおるんです。10年くらい前、「丸山という極左の弁護士が、あんたんとこの乗っ取りを狙っとる」と柏原警察署の公安に呼ばれましてね。「十分注意するように」と、内緒で内部資料も見してもろたんですよ。

----その資料は手元にあるんですか。

山口 いや、「コピーさせて下さい」と言ったら、「渡すわけにいかんが、見る分には差し支えない」と言われましてね。B5一枚の紙だったんですが、私、その文面を5分間ほど見させてもらって暗記しました。

----何が書いてありましたか?

山口 乗っ取りの計画です。

----具体的には?

山口 具体的な内容は覚えていません。

----極左とは具体的にどこの組織ですか?

山口 よくわかりません。何も書いてなかったし、刑事さんからも何も聞いていませんし……。

----その刑事の名前は?

山口 もう昔ですから、名前は覚えてません……。



 どうも話があやふやである。後日、「極左」呼ばわりされた丸山哲男弁護士本人に直接、思いあたる節があるかと尋ねたが、丸山氏は笑いながら「馬鹿げてる、としかコメントのしようがないですね」と一笑に付した。
「病院を私たちが乗っ取ったってしょうがないでしょう(苦笑)。そもそも、国際的な基準に比べ、日本の精神保健法そのものが著しく遅れている。その遅れた精神保健法に照らしてさえ、安田氏の経営している精神病院(大和川病院)は前近代的で、まともな医療をやっているとは言えず、容認できない。
 私たちは安田氏個人を特にターゲットにしているわけではない。しかし、相手が誰であろうと、暴力による人権蹂躙をやっている人物は許してはいかんと主張しているだけのことです」
 再び安田氏のインタビューに戻る。



盗聴された電話の中身



----ところで盗聴された電話の相手は?

安田 厚生省の保健医療局長の小林秀資先生と、健康政策局長の谷修一先生ですわ。何もやましいことはおまへん。私はガン撲滅に情熱をもっとりまして、厚生省には5年前に財団認めてもろうたから、それ以来、月に最低1回は上京して挨拶に行ってるんです。いろいろ意見や情報を、聞かせてくれますしね。何人もの局長さんや課長さんと親しくさせてもろうてるんですわ。

----電話ではどんな話をしましたか。

安田 昨年(96年)の12月に行われた医療監視(各自治体が定期的に各医療機関に対して行う定例の調査)のことですわ。毎年、三病院別々の日にやってきたのに、今回は三病院とも同じ日にやると言われたんです。
 だいたい毎年1月は、私の財団の表彰式があるんです。ガン撲滅のためにええ研究論文書いた先生を表彰して、1000万円贈呈するんですわ。その準備のために忙しいので、私の個人病院である安田病院の医療監視は、北錦会の2つの病院とは時期をずらして、毎年2月にしてもろうてたんです。
 ところが、去年(96年)は、厚生省の指導課が、12月に3病院いっぺんにやるというてきた。そんなおかしな話ないやないか、あれだけウチはガン撲滅のため、表彰したり、ええことを色々やっとるやないかと私が文句を言ったところ、大阪府の医療対策課はその通りや、一緒にすることないと蹴ってくれたんですわ。ところが、府の社会保険管理課の方がダメや、3ついっぺんにやるといってきかんのです。
 それで小林先生と谷先生の自宅まで電話したんです。小林先生は「何とか監視に入る日を変更できるように、話をしてみる」と言っておられました。これ、何も問題ないと思いますよ。マスコミは贈収賄罪になるんやないか、と思ったようですが、そんなもんになりませんよ。ウチの賃金台帳を調べてもろうたらわかります。



 なぜ賃金台帳をみたら贈収賄をしていないと「わかる」のか、その点はさっぱりわからない。
 安田氏の話を聞いて明確にわかったことは、彼が三病院に対して同じ日に一斉に医療監視が行われることを、ひどく嫌っていたこと、そのためになりふり構わず、「親しくさせてもろうてる」厚生省の高官たちに、日時の変更を働きかけた事実である。
 なぜ、そうしてまで安田氏は同日一斉医療監視を避けようとしたのか。これは今年(97年)3月に行われた厚生省と府の合同立ち入り調査で明らかになった職員の水増し工作と関わってくる。
 ここで診療報酬の仕組みと、その裏をかいた安田氏の不正受給のからくりを簡単に整理しておこう。
 健康保険法などでは、診療報酬は診療報酬支払基金と国保連合会が、各医療機関から提出されたレセプト(診療報酬明細書)を審査したうえで、各保険者(各健保組合と国および市町村)に請求される。ここでレセプトをチェックした後、支払基金・国保連を通じて、定められた診療報酬が各医療機関に支払われることとされている。
 この際、病院の看護体制によって支払われる看護料が違ってくる。
 94年から段階的に実施された新看護基準体系では、一般病床について、入院患者4人につき看護職員1人という「4対1」の体制の場合、入院患者1人につき一日あたり4240円が病院に支払われる。
 安田病院と円成病院は、94年10月に一般病棟「4対1」、94年1月に老人病棟「6対1」の看護基準を届け出ており、大和川病院は96年7月に精神病棟「6対1」の看護基準を届け出ている。
 ところが立ち入り調査の結果、実在すると確認できた人員数は、届け出た人員計423人をはるかに下回る、たった135人だった。これは看護基準に照らし合わせると最低ランクの「その他3種」にしか相当せず、一般病棟では患者一人あたり1日1420円にしかならない。
 安田氏は、医療現場では、職員数を最少に抑えることで徹底的なコストダウンをはかり、行政への届け出では大幅に水増しして、その差額分を荒稼ぎしたわけである。これが安田氏の錬金術のからくりである。
 このからくりを守るためには、年1回の医療監視の日には、届け出た職員数に見合う人員をそろえておかなくてはならない。仮に3病院の監視の日がそれぞれ別であれば、「対策」は簡単である。事前に知らされる監視の当日に、他の病院から人員を動員すればそれですむ。
 逆に云えば、病院同日一斉に監視が行われると、非常に困ることになる。彼があわてふためいて、厚生省高官に働きかけたのはそのためである。

その2へ(安田病院の実態と院長の「本当の仕事」)




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