取材協力=土屋敦
それにしても不思議に思うのは、安田病院における医療の荒廃や大規模な不正が、なぜかくも長く見逃され続けたかということだ。また、過去に一斉監視が実施されたのに、どうしてその折りに問題を発見できなかったのか、疑問が残る。
その疑問を解く前に、もう一度、先ほどの盗聴テープの話に戻りたい。
問題の焦点である盗聴テープは、「安田記念医学財団オーナー安田基隆と厚生省局長との贈収賄に関する内部告発!」と題する4ページのワープロ打ちの文書とともに、2月17日に厚生省などへ送られた。
差出人として「安田病院職員」と記されたその文書には、激越な調子の告発文が並んでいる。
「私は、安田基隆の側近中の側近です。
安田基隆は、病院の収入は、全部自分のものとし、全職員を手足のごとく使いながら、3病院の悪事がばれ、責任を追及されないように、医療上の管理責任者にはなっていません。
しかし、診療費の水増し、資金台帳の捏造(ねつぞう)、患者負担金の搾取等々により巨額の資金を得、その一部を財団に出費して、全国的に自己の名声を上げることに汲々としています。
そして、財団の格を上げようと、大阪大学教授経験者、大阪府幹部職員、厚生官僚に毎年2億円の裏金をばらまいています」
「安田関連の3病院は全くひどいもので、その内容は、もはや医療のできる病院ではありません。(中略)大阪府も医師会に言い訳のため、通常監査とは別に事務官を派遣しますが、安田基隆は、”厚生省の高官をよく知っている。あとで話をつける”と言って、その日はいっさい指定された書類を見せません。不思議と事務官はそれで引き上げるのです。
これでは医師会も納得せず、平成7年3月、平成8年12月と2回に分けて調査がありました。しかし、やはり、事務官は、病院では厳しい監査は行なわず、料亭(大阪南新市、湖月)に食事に行って帰りました。
同封したテープは、その調査前後の安田基隆が厚生省や大阪府に働きかけた電話の内容です。よく聞いてください」
病院の内情を、ほぼ正確に記しているところから、この告発者は、自分自身が名乗っている通り、病院内部の職員か、外部の人間だとしても、病院の事情にかなり精通している人間だと思われる。
我々は取材の過程で、盗聴テープの記録を入手した。盗聴行為は違法であり、法的には許されるものではない。しかし、今回の場合、安田氏本人が盗聴の事実、およびその内容(監視の期日変更の要請)を認めており、ここで記録内容を発表することに問題はないと判断して、一部を引用する。
安田 もしもし、小林先生(小林秀資・厚生省保健医療局長)のおたくでしょうか。
女性 はい、小林でございます。
安田 あの先生おはようございます。わたくし、大阪の財団法人の安田記念医学財団の理事長の安田というものですが、いつもお世話になっています。いつもすいません。
女性 お待ちください。
安田 先生おはようございます。安田でございます。昨日はどうもすいませんでした。
小林 私も部長とね、話をしてたんですね。私もずっと会議会議でね。話をしたのは4時頃かな。部長と副部長と話をしてもらいました。ただ、やっぱ変わらんていうんだ(立ち入り調査の日時のこと)。
安田 はいわかっています。
小林 それでね、結局、財団法人と先生の病院とは、一応、法律上は全然別で。
安田 そうです。はいそうです。
小林 だからだめだという話を。
安田 今後あの、はい、配慮して、時期的に私のところ、一月にするもんですから。
小林 わかりました。あれねえ、指導課がやってるんですね。私の方じゃなくて、健康政策局の指導課がらみの話のようですから。ああ、またよく指導課長あたりにいっておきます。
安田 そうですか。あの、先生、どうぞよろしくお願いいたします。どうもすみません。どうもありがとうございます。ごめんくださいませ。
テープを聞く限り、小林局長が、安田院長のために厚生省内部で便宜を図るために動いたことは間違いない。
一方、谷修一健康政策局長は、早朝から自宅に電話されたことが不愉快だったのか、安田院長の要請に対して、「ちょっと待ってくださいよ。午後に役所のほうに電話してくれませんかねえ」とだけ言って、会話を打ち切っている。
安田氏の運営する安田記念医学財団は、小林市が局長をつとめる保健医療局の管理下にある。財団の理事長と管轄部局の責任者が「親密な関係」にあるという構図は、たしかにわかりやすい。小林自身も我々の取材に対し、
「安田さんは、私の方(保健医療局)の財団の理事長ですから」と認め、安田氏との関係をこう語った。
「彼は私財を投げうって、ガンの研究助成ですとか、大変尊い、いいことをしてらっしゃる。その点は立派だと思いますよ。その財団の行事のため、忙しいときに医療監視が入るという。なんとかご理解をいただけないだろうか、という後要請なんで『指導課にお話ししておきましょう』と申し上げただけです。
指導課の方に伝えたら、『それは今、大阪府の仕事になっています』と。それで『ああ、そうですか』といって終わりです。大阪府の担当部長さんにも電話しましたが、そちらもスケジュールの変更は考えられませんという返事でした。その情報を安田さんに伝えたか? その辺はよく覚えてないんですよ。
もちろん今回の事件が起きてから、財団の監査指導に行きました。調べたところ、財団としてたいした過失はなかった。医療機関として、精神保健法上の問題とか、労働基準法上の問題とか、そういうのは別途あるんでしょうけど、それは新聞報道がすべて正しいかどうか分かりませんのでねえ」
小林局長がこんな弛緩した発言をしたのは7月7日のこと。厚生省と府の立ち入り調査の結果として、安田系3病院が職員を大量に水増ししていたと正式発表されたのは5月19日である。発表から2ヵ月近くも経っているのに、まだ「報道が正しいかどうかわからない」などというオトボケを口にしているのである。
小林局長を介した厚生省と安田財団との「親密な関係」は、人事面にもあらわれている。安田財団には常務理事として厚生省OBの滝川正人氏が名前を連ねているが、滝川氏を財団に紹介したのは、小林局長であるというのだ。
「私が大臣官房の審議官時代に、『誰かOBで、安田財団に就職してくれる人はいないか』と上司から言われて、滝川さんをご紹介したまでです。働いてもいいという人と、人をくださいという人の両方があれば、それを紹介するのは別に悪いことではない。普通のことだと思います」(小林局長)
薬害エイズ問題から岡光序治事務次官の贈収賄事件と、連続してスキャンダルにまみれてきた厚生省は、最近では他のどの官庁よりも綱紀を引き締めているなどと喧伝しているが、現役の高官が、20億円もの不正受給が明るみになった人物を、この期におよんでなお「立派だ」と持ち上げ、さらには天下り先を紹介することが何か問題かと開き直るのを聞くと、暗然たる気分にさせられる。
医療監視のトリック
安田氏と「親しい間柄」の小林局長が関係部局へ「お話し」したことが、どんな効果をもたらしたかまではわからない。しかし結果としては、安田氏が強く求めていた通り、当初は昨年(96年)12月19日に行うはずだった同日一斉監視は実施されず、安田病院の監視は今年(97年)の2月14日に変更された。そして、結局、安田氏の思惑通り、監視の結果は「問題なし」と報告されたのである(12月19日当日、安田病院に対して国民健康保健課による老人基本看護の実地調査が行われているが、これは医療監視ではない)。
もし、「内部告発」がなかったら、このまま一斉立ち入り調査も行われず、不正が暴かれるのはもっと先のことになったかもしれない。安田氏に便宜をはかってきた官僚たちの罪は決して軽くない。
「医療監視のときの安田院長は、ほんまに役者ですわ」と前出の元安田病院職員A氏は語る。
「オウムをもじって”第10サティアン”と呼んでいた病院の10階で、保健所の人らに『わしはこないだ厚生省に行ってきましてな、だれだれ局長に会ってきた。わしは厚生省と心安いんや』などと圧力かけるわけですよ。そんなこと言われれば、木端(こっぱ)役人はやはり萎縮しますよ。
安田院長は、府の担当部門に圧力をかけるために、政治家も使ってました。衆議院議員では、安田財団の顧問の佐藤恵代議士(新進党・元法相)、府議会議員では、財団理事の田中義郎議員(自民党)や山野収議員(新進党)と親しいんです。
そういう圧力のせいか、大阪府の役人は、監視にきても、書類が形式的のそろってさえいれば何も言わない」
97年3月25日付大阪読売新聞は、安田院長が、「昨年(96年)12月の一斉調査を前に、国会議員や府議、厚生省局長らを通じ、調査時期を先延ばしするよう府の担当部局に働きかけていた」と報じた。この国会議員とは、佐藤恵代議士、府議は田中義郎議員か山野収議員と思われる。
厚生省高官のみならず、政治家まで動かしていたのかどうか、安田院長にストレートに尋ねた。
−−財団顧問の佐藤恵代議士が、安田院長の依頼を受けて、一斉調査を延期するように府へ圧力をかけたといわれていますが、事実ですか。
安田 いや、そんなことおまへん。そんなもんで圧力がかかる役所やったらねぇ、役所にしてもクサイんと違いますか。ハッハッハッ。
−−財団理事の府議会議員も、府へ電話をかけたといわれています。
安田 全員、やったんと違いますか。やはり、お願いするんやったら数が多いほど、お願いが届くのと違いますか。
−−全員とは、理事の方々全員ということですか。
安田 そうそう。関係者全員、そうやと思いますよ。
ごらんの通り、安田院長は病院や財団の関係者が「全員」で、府に圧力をかけたことを、あっさりと認めた。
前出の元職員A氏は、こう語る。
「そもそも3病院に対する医療監視は、毎年、不思議と実施日が違うんですよ。これは安田にとっては非常に好都合なんです。安田病院に入る日には、円生と大和川から看護婦や職員を呼んでくる。他の病院の時には、逆にこちらから動員するんです」
「動員」された看護婦らは、当局へ提出した陳述書の中で、職員数水増しの偽装工作の様子を赤裸々に述べている。
安田病院に勤務していたB看護婦は、安田院長の命令で、「毎日午前11時まで安田病院で点滴業務をし、11時からは送りの車で6人前後の看護婦らと大和川病院に送られていた」という。
「安田病院に出金した時、B4の複写式の出勤簿に手書きで『氏名・時刻・職種』を書いていました。大和川病院に到着すると、事務所の中にあるタイムカードを打っていました。最近になって『偽出勤簿』が偽の印鑑で作成されていたことを知りました。(中略)大和川病院に行っていた時、一斉監査(医療監査を指す、以下同)がありました。その時、私は別の看護婦の名前を名乗るよう指示されました。他の方もそうでした」
円生病院で看護補助者として働いていたEさんの陳述は、さらに生々しい。
「円生病院、大和川病院、安田病院の監査がある前は、私は安田基隆会長から安田病院に呼ばれました。その10階で、小西(三郎)事務長、大村(恵美子)婦長と一緒に小西事務長の作った架空の「出勤表」をもとに、病棟管理日誌を作るように命令されました。実際にいない看護婦のニセ物の印鑑をポンポン押すよう指示され作りました。円生病院や大和川病院ではタイムカードがあるのに、その『出勤表』に合わせて、事務員のO・Tさんがガチャガチャと何枚ものタイムカードを次々押していくのです。
また、監査のときには、看護婦の健康診断書(レ線<=レントゲン写真>、血液検査、心電図含む)を出しますが、実際にいない看護婦の分は、私たちのレ線や心電図を何枚も撮って、それをその人の分に当てたりしていました(中略)。実際には勤務していない看護婦の免許証も出しています」
医療監視の前に安田系列3病院で行われた偽装工作が、いかに大がかりで組織的かつ確信犯的なものであるか、よくわかる。
こうした元看護婦・職員の証言の数々を直撃、安田氏本人にぶつけた−−。
−−職員の水増し工作があったことを、数多くの元看護婦や元職員が証言していますが。
安田 辞めた人はね、われわれと思想が違うから、そら何でも言いますがな。付和雷同してワーッと言うとるにすぎないです。
−−今年(97年)3月の一斉立ち入り調査の際、元看護婦らに「日当を払うから当日だけは来てくれ」と頼んだという証言もあります。
安田 いや、ちょっと違います。そういう話を、今年の3月以降、新聞がどんどん書きたててきたでしょう。そら、看護婦逃げますがな。そのままで放っといたら、医療担当者としての自分の義務を果たせませんもん。だからカネをいくらでも出すから来てくれ、言うのは、当然ですよ。
−−預かった看護婦免許証をなかなか返そうとしないそうですね。困った看護婦の中には、仕方なく紛失届を出して、再発行してもらう人もいる。そうやって手元に残った免許証を、水増し工作に悪用していたという話もあります。
安田 看護婦にもピンキリがあって、カネのある上品なのもおれば、カネがなくて柄の悪い、あっちこっちで寸借詐欺しおったりする奴もいくらでもおりますわ。そういうのが「カネ貸してくれ」言うてくるんですよ。50万円ぐらいしか貸しませんけど、そういうのが担保代わりに免許証を置いたままドロンするんですわ。
−−しかし、」病院を辞めようとした際に、免許を返してもらえなかったと言っている看護婦がいるのは事実ですよ。
安田 いや、そんなもん、おりません。
−−本当にひとりもいないんですか。
安田 いや、まあそれはね、免許証は大事なもんやさかい、銀行の金庫に入れるんです。
「返せ」と突然言うてきたって、どうにもならんですよ。銀行は3時まででしょう。。また、金曜日の4時頃やってきて無茶言うてきおる。そういうのが、2、3人おりましたわな。医者でも看護婦でもピンとキリがある。性質(タチ)の悪い奴、おりますわ。やくざに引っかかって、一緒に住んでる奴もおりますさかいなあ。
「性質(タチ)の悪い医者」とは誰のことなのか、訊き忘れたのは、返す返すも残念である。
ごまかしてへんがな!
こっちがだまされたんや!
−−O・T氏という職員が、安田院長の命令で架空の職員のタイムカードを偽造していたという証言がありますよ。
安田 O・Tは去年の夏から「首痛い」ゆうとりましてな。実は頸椎腫瘍だったんですわ。ガンちゅうことです。それでボケましてん。だから、いろいろ事務上のミスを犯したんですわ。治療の仕方、ないそうですな。今は痛み止め打ってもらって、キリスト教系の施設におるんちゃいますか。
大量の職員水増しを、気の毒な病気の職員1人がしでかしたこととして、責任転嫁しようとする−−。安田氏の言葉は、医者の言葉とは思えない。O・T氏が本当にガンだとしたら、あまりにも酷薄で、しかも卑劣である。
私は重ねて問いつめた。
−−ということは、ミスであれ、職員数が不足していた事実を認めるわけですね。
山口 我々の方も確認しました。もう一回調べたら、若干の人数の洩れ、免許証の番号、都道府県姪の誤りなどが18件ありました。
−−どういう誤りですか。
山口 在籍しているのに、記載されていないのが2、3名おりました。退職したのに載っていたというのはありません。
−−つまり、水増しどころかきちんと確認したら、本当はもっと多かったというのですね。
山口 そうです。間違いありません。
安田 常勤が3分の1で、パート、アルバイトが多いですから、管理しにくい面は多々あったですけれど、水増しはしとりません。
−−大阪府は職員数の水増しがあったとしています。
安田 何を根拠に言うのか、いうんですよ。調査いうたかて、辞めた奴らの話を聞いただけですやろ。人の記憶はあてにならん。そんなもん証拠能力あるんか、証拠出してみいと、私は言うんですよ。記憶より記録ですやろ。私らのところには、出勤簿も賃金台帳もぜーんぶそろっとる。
−−ということは、府や厚生省の調査は間違ってる、でたらめだというんですね。
安田 いや、そやからね、職員の数が足らなんだとか、何かおかしなことがあったというなら、なんでその時その場で言わんかったのかということですよ。
2年も遡(さかのぼ)って、人が足らんかったからカネを返せと今頃いうたかて遅いがな。毎年調べとったんやろ。ほなら、自分らの調べが悪かったということや。そんな甘い調べしとったんか、その責任はどうするんや、ということになりますよ−−府は「甘かった」と責任の一部を認めていますよ。皆さんの偽装工作にだまされた、と。
安田 だましてへんがな! だましたんはどっちや!こっちがだまされたんやがな。今頃そんなこと言う方がおかしいわ。3月19日の調査の日以降、バーッと報道されて、人がやめてしもうたから、たしかに職員の数が基準にあわなくなりました。その分のカネはお返しします、言うてるんです。
けど、その前はちゃんと人がおったんやし、水増しはしとらんのだから、カネは返さへん。
−−完全に水かけ論ですね。でも事実はどちらかひとつです。府と厚生省の立ち入り調査はあくまで任意の調査ですが、これから地検と府警が強制捜査に入るといわれている。そうなれば水かけ論の余地はなく、白黒はっきりすることになりますが、その時でも「水増しはなかった」と主張するんですか。
安田 そうです。水増しはしておりません。強制捜査大いに結構。行政処分が出たら、裁判するかどうか、これからのことは弁護士と相談します。法には従いますが、こういうやり方でやられるのはね、もう日本中の医療界が注目してますわ。
せやけど、私は、信念をもっとりますからね、財団ももっとるし、死刑宣告されるようなやり方されても、信念もって物申していきますから。
医療監視の茶番
この期におよんでもなお、安田氏らは「水増しはなかった」と言い張る。さらには「自分の方がだまされた」と主張する。並大抵の面の皮の厚さではない。
今回の事件で見直しが図られているが、医療監視に入る場合、当局は最低2週間前までには病院に対して事前にその旨通知しなくてはならないとされてきた。しかし、医師免許を持った鉄面皮の確信犯が行う不正を摘発するには、やはり抜き打ちで立ち入り検査を行わなくてはならないだろう。
もっとも、仮に抜き打ちで検査を行ったとしても、係員が病院と馴れ合いで行えば、まったく無意味である。看護補助者のEさんの陳述書の中にはそんな馴れ合いの様子も描写されている。
「安田病院で監査があったときは、私を含め、円生病院から看護婦、看護補助者、付添婦がかり出されます。安田基隆院長の命令により、看護補助者や付添婦が看護婦の格好をさせられるのです。
私もナース帽を被らされ『中島ひろこ』という看護婦になりすますよう指示されました。大阪府の担当者から名前を呼ばれましたが、とっさに気づかず、名札を見て、『はい』と返事をしました。そして、年齢と住所を尋ねられましたが、そこまでは覚えていいませんでしたので、すぐには答えられず、結局、私自身の年齢と住所を答えました。
担当の人も、その事情を判っていた様子でしたが、それ以上聞こうとしませんでした」
先述した通り、93年9月に3病院同日に一斉医療監視が行われているが、この時も、結果は「問題なし」という報告だった。なぜ、同日一斉に行われたのに見抜けなかったのだろうか−−。
「あれは茶番でしたわ」と元職員A氏は苦笑する。
「『同日一斉』とは名ばかりで、実際には、時間差をつけ、順番に一病院ずつ監視に入っていたんですよ。そのために安田側は、ひとつの病院の監視が終わると、大急ぎで職員をマイクロバスに乗せて次の病院に向かい、医療対策課の車を途中で追い越して先につき、各職員に、それぞれ別の名前を名乗らせることができたんです」
安田側から「病院乗っ取りの主犯」扱いされている大阪精神医療人権センターの山本深雪(みゆき)事務局長は、当日の模様について、こう証言する。
「93年9月に行われた一斉医療監視は、実際はまず大和川病院に時頃に入り、次に円生病院という順番で回っています。そんなことは、現場にいた何十人もの職員たちがみんな知っている事実です。
また、後日、私たちのスタッフが病院職員と一緒に府の医療対策課を訪問した際、同課の人が病院職員を見て、『覚えています。あの時、私たちをマイクロバスで追い越していった方たちですね』とはっきり言っています。つまり、職員の水増し偽装工作が監視当日に行われたことを、府の役人も熟知していたわけです。
びょいんでの調べ方も、看護婦を全員一斉に調べず、各詰所ごとに調べていったんです。
2階の後は3階、という具合に。すると、例えば2階の看護婦が次は別の名札をつけて3階にやってくる。調べている役人は、にたっと笑って『さっきは別のナントカさんでしたな』なんて言って見逃す。逃げ道をいくらでも残しているんです」
医療監視を行ってきた府の医療対策課は、安田側のトリックにだまされて彼らの不正を見抜けなかった、のではなく、実ははじめから見抜こうとしなかったのではないか−−。
安田氏に93年の一斉監視について尋ねた。
−−5年前の一斉監視は、何時から始まりました?
安田 私は当日、大和川病院におりました。間違いなく朝10時から始まり、夕方までかかっております。
−−安田さんは、当日どこにいましたか。
安田 安田病院です。安田病院も、始まったのは10時からや。3つとも一斉にやった。
再び、精神医療人権センター事務長の山本深雪氏−−。
「府の医療対策課は、安田側の偽装工作を見逃して、今年(97年)になるまで『特に問題なし』としてきた。公文書には『平成5年9月20日午後2時から安田系3病院を一斉に医療監視した。時間のずれもない』とまったくの嘘を書いているんです」
念のため府の医療対策課に確認したところ、牧野志朗課長代理は、「当日の午後2時から一斉に行ないました。従って病院職員を乗せたマイクロバスが、我々の車を追い抜いたなどということはありえません」と「記録」にもとづいて回答を寄こした。
「時間のズレはなかった」とする点では、一致しているが、その時刻は、安田側は「3病院とも午前10時から」、府の記録では「午後2時から」。
仲よく足並みを揃(そろ)えようとしたのだろうが、画竜点睛を欠いている。
「本来、職員数を監督すべき医療対策課の馴れ合いぶりは本当にひどい」と山本氏は、憤りを隠さない。
「安田病院は、94年の10月に基準看護の手続きをバスしていますが、94年春に安田病院をやめたはずの職員の名前が名簿に載っていると聞いた。
そこでその職員と一緒に医療対策課へ出向き、『確認したい』と申し出たんです。その時私も同行していたのですが、同課は、私とその職員を別室に分けたうえ、私には『病院との信頼関係に、今後支障をきたす』として事実関係を教えず、その職員には『あなたの名前は名簿に載っていない』と答えた。
しかし後日、社会保険管理課で名簿をチェックしたところ、名前がはっきりと載っていたんです。医療対策課は、明らかに事実を隠蔽したわけです」
山本氏の話が事実なら、もはや「馴れ合い」や「職務怠慢」といった域は通り越している。「癒着」としか呼びようがない。こうした癒着構造こそが、患者の生き血を吸い、我々の納めた保険料を食い物にする「安田病院」というモンスターを生み出したのだといったら言い過ぎだろうか。
97年6月、健康保険改正法が成立し、健康保険の自己負担比率は1割から2割へ引き上げられ、国民全体の負担増は2兆円にものぼることとなった。しかし、国民に負担増を求める前に、政府は不正請求をチェックするシステムの抜本的な見直しと、担当部局の監督権限の強化、そして医療界と行政のなれあい、癒着の徹底的な精算をすべきである。また、そうでない限り、健保財政が改善されることもないだろう。
医師免許が神聖不可侵であった時代はすでに終わった。悪徳医師、不良医療機関は淘汰されるべき時代が始まっているのである。偽りのサンクチュアリにこそメスが入れられなければならない。
インタビューの翌日の7月17日に、大阪地検特捜部と大阪府警による一斉強制捜索が行われ、その10日後の28日、安田院長は病院幹部ともども、診療報酬を詐取した詐欺容疑で逮捕された。
私のインタビューに答えて、「強制捜査大いに結構」などと虚勢を張っていた安田院長は、検察による約60日間におよぶ取り調べに対しても、強気な姿勢を崩さず、「他の幹部が勝手にやった」などと一貫して否認していたという。
ところが、11月14日に大阪地裁で開かれた初公判では、一転して、「私の不心得から事件を起こし、申し訳なく思います」と起訴事実を全面的に認めた。
こうした変貌ぶりについては、改悛の情を見せることで執行猶予判決を狙っているとの見方もある。そうした見方が正しければ、そのしたたかさ、老獪さには改めて舌を巻かざるをえない。
安田基隆という人物に対する興味は尽きないが、より重要なことは、彼の「犯罪」を許してきた「構造」である。
大阪府と大阪市は、11月17日に市民グループなどの求めに応じて、93年度から96年度までの安田系列3病院への定例の医療監視などの結果を公開した。
それによると、医療監視によって把握できた職員の不足数は、わずか医師一名、看護婦一名にすぎなかった。本稿中で再三指摘したとおり、職員数の水増しなどの不正を摘発するメカニズムは、まったく機能していなかったのである。
さらに、行政の「機能不全」ぶりだけでなく、医療機関との癒着構造の一端も最近になって明らかになった。96年12月に安田系列3病院の一斉医療監視が行われようとしたとき、大阪府環境保険部医療対策課が「一緒に(医療監視を)することないと蹴ってくれた」と安田被告は私のインタビューに答えて語っているが、一斉監視を「蹴った」責任者である環境保全部の浜之上友三郎次長が、9月17日に収賄容疑で逮捕されたのである。
一連の報道によれば、浜之上被告は、複数の病院関係者などから、実体のない団体の会費名目で1000万円近い資金提供を受けていたという。その見返りとして、彼はさまざまな便宜を病院関係者らに与えていたわけである。
癒着構造の実態が明かされるのはこれからだが、医療監視に手心を加えてもらっていた医師は、間違いなく安田被告だけではないと思われる。
安田被告一人を逮捕したところで、こうした医療行政の腐敗にメスを入れない限り、第2、第3の安田病院事件の発生を防ぐことはできない。また、健保財政の改善も、医療の質の荒廃をくいとめることも、難しいに違いない。