私が使用してきたMacについて紹介します。技術的な話なども順次追加していきますので、お楽しみに。
高嶺の花だったMacが一気に身近になったPerformaシリーズ。当時、NEC PC-98シリーズの3〜4倍はしたMacが、PC-98シリーズと変わらないくらいの値段で手にはいるようになりました。Apple社はこの仰天ディスカウントに加え、日本向けのOS「漢字TALK」を投入。日本語変換に多少の難はあったものの、Macが一気に身近になったのでした。我が家のMacの歴史もここから始まります。
私がパソコン購入を検討していたころは、まだPC-98シリーズ全盛期でした。価格の安いEPSON互換機か、対抗でFM-Townsかというところに、Windows 3.1対応のDOS/V機が投入され、選択肢が多かった記憶があります。
そんな折、実習でMacに触った時は大きなカルチャーショックを受けました。当時のコンピュータ実習は、5インチのフロッピーを2枚持って、真っ黒なDOSの画面を流れる文字を追いかけるのが当たり前でしたので、始めて触れるGUIには大変感動してしまいました。後に値段が100万近くする聴いても納得の機能でした。
当時の私のマイブームはDTMでした。友人が廃棄されたPC-98シリーズを拾ってきて、インターフェイスを増設してMIDI音源に繋げるのを手伝った記憶があります。自分もパソコンを入手して挑戦してみようと思い、MIDI音源を購入しようと秋葉原に出向いた時に、Performa 575と出会いました。なんとインターフェイスの増設なしに音源と接続できると言うのです。これは運命と思い、少し無茶しましたが、音源とMacを手に入れたのでした。
インターネットが流行り始めた90年代後半。インターネット(当時はダイヤルアップがメイン)に接続できて、研究室のLANにも繋げる。PCカードも差せる。そんなノートを探していた私がたどり着いたのは、ハイエンドノートのPowerBook G3でした。なかなかの人気マシンで、カラフルなiMac・iBookに負けず、ユーザーが周りに結構いました。高機能なマシンだったので、4〜5年は最前線で使用していました。
友人に「PowerMac」買わないかと誘われたのは、私が既にPowerBook G3を手に入れた後でした。しかし、これまで廉価版Macやノートしか触れたことの無かった私にとって、ハイエンドマシンは大変魅力的でした。
2万という破格で譲ってもらい、早速PCIポートにいろいろ差して遊んでみました。目標は「Mac対応」と明記されていないものがどこまで使えるのか?です。古いインターフェイスを友人から譲ってもらい、いろいろ実験しました。実験結果はまた後日お教えします。
手軽なノートが欲しいな。そう思い購入したのが白いiBookでした。丁度Mac OSXも安定してきたあたりで、デザインも一新されました。同一デザインの初代iPodと一緒に購入しました。